現在、大ヒットを続けている『シン・ゴジラ』 その感想をまとめてみたいと思います。言うまでもなく、この感想は、私個人の感想であり、他の方の感想に対するものでもありません。
まず、正直なところ、子供のころからゴジラに親しんでいた私からの意見としては、あれは、ゴジラでいいんだろうか?というものでした。もちろん、過去のゴジラも固定されたキャラクターであったわけではありません。シェーをしたり、口からの熱線で空を飛んだり、ミニラという息子(の可能性のある怪獣)を可愛がったり、ふき出しでセリフを言ってみたり、正直言って、めちゃくちゃなものはありました。
まず、今回の初登場のゴジラは、両生類の幼体のようであり、一時期流行った”ウーパールーパー”のような怪物でした。正直、気持ち悪かったです。いままで、劇中でゴジラが変態することなんて1度もなかったのでびっくりしてしまいました。思うに、これは『ゴジラ対ヘドラ』のヘドラの変態のようなものではないかと思いました。劇中でも、翼を生やし空を飛び海を渡る可能性も示唆されていました。ウーパールーパーみたいなものから、ついには羽をもったドラゴンみたいになる・・・つまり、昭和ゴジラの設定である、海棲爬虫類から陸上獣類へと進化する過程における稀な存在。平成シリーズの、ゴジラザウルスの怪獣化。という設定を遥かに超越した生物、まさに、エヴァンゲリオンの使徒のような存在なのではないかと思いました。それは、しっぽの先からのビーム、ラストのしっぽから湧いてきた(?)ゴジラ人間の誕生(?)などからも感じとられ、いままでの”ゴジラとはこういうもの”という枠を壊して新しい物を作ろうというものでした。それは、とてもおもしろい試みだったと思いますが・・・それ、ゴジラでやるんですか?という戸惑いを感じてしまったのは確かです。
また、ゴジラの設定で忘れてはいけない核の恐ろしさですが、ゴジラが歩いた跡に放射能が残されるという設定は良いとしても、いまひとつ、初代ゴジラが持っていた放射能汚染の問題があまり印象に残っていない。なぜ、東京に上陸した理由もわからないのですが、自分を追放した日本に恨みをもった科学者の意思が乗り移った、あるいは、ゴジラと合体したという考えもありますが・・・、まあ、それは明らかにしないのは正しかったとは思います。ゴジラの造型も、やはり痛々しく、ゾンビゴジラというイメージもぬぐい去れません。皮膚が破けているというのが、どうにも受け付けないんです。キャラクターの個人的な好みで言えば、ギャレスエドワーズのGODZILLAの方が、戦闘的でかっこよく好きな造型です。
と、今回のゴジラのキャラクターのあり方に対し、批判的なことを多く述べましたが、初代ゴジラの原作者、香山滋の求めていたゴジラは、案外、シンゴジに近いものがあったのかも、という想いもあります。ゴジラの謎を追っていたマキ教授は、ゴジラとの合体を思わせるものを残し失踪しますが、香山滋は、その爬虫類愛、または異形の生物への憧れから、登場人物と香山ワールドの怪物との合体(肉体的なものと共に、精神的に融合する)を描いたものも多いです。
肝心の特撮ですが、これは文句をつける部分が限りなく少ないです。ゴジラのアクションは、CGの制限もあったかもしれませんが、その動かないゴジラが逆に良かったように思えました。無表情で動かないからこそ、強い。それをうまく表現していました。ビルや街並もCG処理と合成が多かったようですが、正直、どこがCGなのかわかりませんでした。ハリウッドのCG技術と比べても遜色ないと感じました。
映画のストーリーで言うならば、84ゴジラでやろうとしていた”本当に怪獣というものが存在したら、日本はどう対処するのだろう”というシミュレーションを、より深く、より緻密に、より正確に表現していったのは、とても興味が持てましたし、おもしろく感じました。物語序盤のヘリ攻撃のシーンで、発砲していいかどうか、目の前に怪獣がいるのに大臣の許可の承認がなければできない、というもどかしさ・・・これは、新鮮でしたね。結果的には、避難する人がいたので攻撃できなかったわけですが、もし、あの場面で攻撃できていれば、幼体で退治できていたに違いありません。もしかしたら、エメリッヒゴジラも『シン・ゴジラ』の日本だったら、まんまと繁殖していたかもしれません。
ヤシオリ作戦・・・この作戦の描写も、怪獣映画らしくない不思議な展開で、これは、納品期日までに商品を完成させなければ会社が潰れるというような、企業戦士の働きにオーバーラップすることができます。つまりは、家庭を犠牲にして汗を流しながら徹夜でがんばっているお父さんの姿ってのはこういうものなんだ。日本の企業のがんばりはこういうことなんだ、というようにも受け取ることができそうです。なんか、ゴジラを凍結させた後に飲むビールって美味いだろうなあ、と思わせるような達成感も感じました。庵野監督作品って、どうも、もやもやしたまま終わるイメージばかりが先行してましたが、ちゃんとすっきり終わらせることができるんだな、と知ることが出来ました。次回のエヴァンゲリオンもそうあってほしいですね。
短い感想ですが、まとめますと、ゴジラというキャラクターは歓迎できないものが多い(実は自分の中で重要ですが)、しかしながら、そのCG技術、ストーリーは、おもしろい日本映画を作っていこうという意気込みは感じられたし、実際に達成しているのではないでしょうか。
庵野監督の次回作(になってくれるといいな)『シン・ウルトラマン』を楽しみにしています。
まず、正直なところ、子供のころからゴジラに親しんでいた私からの意見としては、あれは、ゴジラでいいんだろうか?というものでした。もちろん、過去のゴジラも固定されたキャラクターであったわけではありません。シェーをしたり、口からの熱線で空を飛んだり、ミニラという息子(の可能性のある怪獣)を可愛がったり、ふき出しでセリフを言ってみたり、正直言って、めちゃくちゃなものはありました。
まず、今回の初登場のゴジラは、両生類の幼体のようであり、一時期流行った”ウーパールーパー”のような怪物でした。正直、気持ち悪かったです。いままで、劇中でゴジラが変態することなんて1度もなかったのでびっくりしてしまいました。思うに、これは『ゴジラ対ヘドラ』のヘドラの変態のようなものではないかと思いました。劇中でも、翼を生やし空を飛び海を渡る可能性も示唆されていました。ウーパールーパーみたいなものから、ついには羽をもったドラゴンみたいになる・・・つまり、昭和ゴジラの設定である、海棲爬虫類から陸上獣類へと進化する過程における稀な存在。平成シリーズの、ゴジラザウルスの怪獣化。という設定を遥かに超越した生物、まさに、エヴァンゲリオンの使徒のような存在なのではないかと思いました。それは、しっぽの先からのビーム、ラストのしっぽから湧いてきた(?)ゴジラ人間の誕生(?)などからも感じとられ、いままでの”ゴジラとはこういうもの”という枠を壊して新しい物を作ろうというものでした。それは、とてもおもしろい試みだったと思いますが・・・それ、ゴジラでやるんですか?という戸惑いを感じてしまったのは確かです。
また、ゴジラの設定で忘れてはいけない核の恐ろしさですが、ゴジラが歩いた跡に放射能が残されるという設定は良いとしても、いまひとつ、初代ゴジラが持っていた放射能汚染の問題があまり印象に残っていない。なぜ、東京に上陸した理由もわからないのですが、自分を追放した日本に恨みをもった科学者の意思が乗り移った、あるいは、ゴジラと合体したという考えもありますが・・・、まあ、それは明らかにしないのは正しかったとは思います。ゴジラの造型も、やはり痛々しく、ゾンビゴジラというイメージもぬぐい去れません。皮膚が破けているというのが、どうにも受け付けないんです。キャラクターの個人的な好みで言えば、ギャレスエドワーズのGODZILLAの方が、戦闘的でかっこよく好きな造型です。
と、今回のゴジラのキャラクターのあり方に対し、批判的なことを多く述べましたが、初代ゴジラの原作者、香山滋の求めていたゴジラは、案外、シンゴジに近いものがあったのかも、という想いもあります。ゴジラの謎を追っていたマキ教授は、ゴジラとの合体を思わせるものを残し失踪しますが、香山滋は、その爬虫類愛、または異形の生物への憧れから、登場人物と香山ワールドの怪物との合体(肉体的なものと共に、精神的に融合する)を描いたものも多いです。
肝心の特撮ですが、これは文句をつける部分が限りなく少ないです。ゴジラのアクションは、CGの制限もあったかもしれませんが、その動かないゴジラが逆に良かったように思えました。無表情で動かないからこそ、強い。それをうまく表現していました。ビルや街並もCG処理と合成が多かったようですが、正直、どこがCGなのかわかりませんでした。ハリウッドのCG技術と比べても遜色ないと感じました。
映画のストーリーで言うならば、84ゴジラでやろうとしていた”本当に怪獣というものが存在したら、日本はどう対処するのだろう”というシミュレーションを、より深く、より緻密に、より正確に表現していったのは、とても興味が持てましたし、おもしろく感じました。物語序盤のヘリ攻撃のシーンで、発砲していいかどうか、目の前に怪獣がいるのに大臣の許可の承認がなければできない、というもどかしさ・・・これは、新鮮でしたね。結果的には、避難する人がいたので攻撃できなかったわけですが、もし、あの場面で攻撃できていれば、幼体で退治できていたに違いありません。もしかしたら、エメリッヒゴジラも『シン・ゴジラ』の日本だったら、まんまと繁殖していたかもしれません。
ヤシオリ作戦・・・この作戦の描写も、怪獣映画らしくない不思議な展開で、これは、納品期日までに商品を完成させなければ会社が潰れるというような、企業戦士の働きにオーバーラップすることができます。つまりは、家庭を犠牲にして汗を流しながら徹夜でがんばっているお父さんの姿ってのはこういうものなんだ。日本の企業のがんばりはこういうことなんだ、というようにも受け取ることができそうです。なんか、ゴジラを凍結させた後に飲むビールって美味いだろうなあ、と思わせるような達成感も感じました。庵野監督作品って、どうも、もやもやしたまま終わるイメージばかりが先行してましたが、ちゃんとすっきり終わらせることができるんだな、と知ることが出来ました。次回のエヴァンゲリオンもそうあってほしいですね。
短い感想ですが、まとめますと、ゴジラというキャラクターは歓迎できないものが多い(実は自分の中で重要ですが)、しかしながら、そのCG技術、ストーリーは、おもしろい日本映画を作っていこうという意気込みは感じられたし、実際に達成しているのではないでしょうか。
庵野監督の次回作(になってくれるといいな)『シン・ウルトラマン』を楽しみにしています。





