新緑萌え、新たな出発の季節。
 人それぞれに深く考えることはあって、多分人それぞれに葛藤を抱えている。
 もちろん、迷いがなく、与えられた天命に向かって息つく間もなく走り続けている人もいるかもしれないけれど、それはかなり例外的で凄く幸運なことだと思います。
 

 
 迷い、考えている人に、大きな視点でみればそんな悩み事はちっぽけなものだよ、
と言っても全く参考にならないし、答えの筋道も示せない。
例えそれが真実であったとしても。
本人は比較的短いスパンで、しかも自分でしか納得できない思考の嵐の中にいる。 
 葛藤とは、どうやら、思い描いている理想や夢と今の自分の立ち位置の違い、また、何かを得ることにより
捨てることとの間の悩みの様です。それは客観的な課題ではなく、飽くまでも主観的な思考で正解がない。
 だから、深く悩み、葛藤してしまったら、もう思う存分悩み考えるしかないのではないかと思う。
ある程度時間をとって考えることによって自分と向き合えるし、自分の中のあるべきイメージと現実に気付いているという点で、考えは大分整理されて来ている筈です。
だからとことん自分と向き合ってみる。
 
 そして、整理が付けばそれで良いし、もう答えが見えなくなったら休めば良い。
 答えが出なくて、もう限界であれば、そこでストップ。
 立ち止まることは悪いことでは無いし、逃げる必要があれば躊躇なく逃げればいい。
 台風の夜に立ち止まって雨宿りすることは寧ろ称賛されるべきことです。
 雪崩が起きそうな山であれば下山する勇気も称賛されます。
 その時に考えるべきは、自分がどのように生きているのが楽しいのか。自分を軸に考える。
 他人の期待や、社会からの要請は取り敢えず置いておく。
 
 結局自分が満足出来て、覚悟を決められるか、選択したものに対してもうこれで良いと後悔せずに
いられるか、そんなことを軸に決めればいいのではないかと思います。 
 それで失敗してしまっても、覚悟に対しては後悔せずに、次の行動を起こせば良い。
 
 最後は自分が大事。自分を守れるのは自分だけだし、自分を管理できるマネジャーも自分だけ。
 自分を大切にしてあげましょう。
 人や社会からの期待とかに答えたとしても、やっぱり自分には嘘はつけない。
 
 それから、若い時には体力も気力も充実しているので良いのですが、歳を重ねると気力が湧かない時があるように思います。
 それは必ずしも体力の衰えだけではなく、守らなければならないものの大きさや、
積み上げてしまったものが発するボイスの様なものなのかもしれません。
 
 立ち止まるべきときは立ち止まり、無理はしない。
 大きな決断ができないときはしない。 嵐の時は身を屈めてやり過ごす勇気を持つ。
 自分を大切にする。
 後悔しないと覚悟が決まったら決断する。
 
 僕は友人が悩んでいたらそんなことばを掛けてあげたいと思います。