曽野綾子 集団自決と検定 それでも「命令」の実証なし
■戦争責任と曖昧な現実に耐えること
≪大江氏の『沖縄ノート』≫
1945年、アメリカ軍の激しい艦砲射撃を浴びた沖縄県慶良間列島の幾つかの島で、敵の上陸を予感した島民たちが集団自決するという悲劇が起きた。渡嘉敷島では、300人を超える島民たちが、アメリカの捕虜になるよりは、という思いで、中には息子が親に手をかけるという形で自決した。そうした事件は、当時島にいた海上挺進第3戦隊隊長・赤松嘉次大尉(当時)から、住民に対して自決命令が出された結果だということに、長い間なっていたのである。