そんな仕打ちを受けた彼は変わってしまった。
矛盾を破り捨て、衝動があらわになった。
破壊と殺戮。
辺り一面地獄絵図。
狂気の渦が溢れ、世界を包み込み、しばらくして世界は無に帰した。
世界は無く、存在するのは怪物のみ。
彼は喜びに打ち震えた。
「もう自分を苦しめる世界はない。これこそが求めていたものだ」と。
しかしそれからふと気づいた。
自分が居ないと。
世界を拒みながらも、その世界が有ることで自分が存在していたことを、世界を壊してから悟ってしまった。
彼の望みは自らの消滅ではなかった。
だからこそ自害という答えを出さなかった。
それなのに、今の彼は自害よりも酷い答えを出してしまった。
自分が確かに存在したという証明すらできない、世界の終わりと自らの消滅。
その時怪物の目という名の線から一粒の涙がこぼれ落ちた。
それは怪物には不釣り合いなほど、澄み切った綺麗なしずく。
自分からこんなに綺麗な物が出るなんて。
「これを誰かに見てもらいたかった…。これを誰かに認めてもらいたかった…。これを…誰かのために流してみたかった…。」そう思いながら怪物は死んでいった。
死してなお怪物の目からは涙が流れ続けた。
幾度となく、溢れ続けた。
やがて涙は海となり怪物の体をその水面に浮かべた。
怪物の体は崩れ、泥のような物へと変わった。
やがてそこから芽が生え、木となり、森となった。
やがて動物、人が誕生し、新しい世界が生まれた。
その世界では雨が降る。
そのため木々が生い茂り、人々が喉を乾かすことは無い。
誰かのために涙を流す、そう願っていた怪物は今、
世界のために涙を流している。
怪物が居た。
どこからどう見ても明らかに怪物だ。
背丈は人となんら変わりないが、その面持ちは常軌を逸したものだ。
頭、通常髪が生えているはずだが、そこに髪は存在しない。
もはや毛根が有った痕跡すら無い。
まっさらな頭。
耳、通常顔の両脇についているが、そこに有るはずの物が無い。
有るのは穴。
音を拾う気が微塵も感じれないただの穴。
もはや耳という概念を忘れてしまいそうだ。
目、通常2つの眼球が有るはず、しかしそこに有るのは2本の線。
一見すると目を閉じてるようにも見えるが、よく見るとその線の周りには凹凸が一切無い。
眼球が有れば立体的に見えるはずだが、見えるのは平面的なものだ。
まるで紙にペンで線を引いただけ。
開く要素は一切感じられない。
鼻、通常そこに有るはずの鼻が無い。
有るのはこれまた穴のみ。
顔面から突出しようという自己主張が一切感じられない。
ただそこに有るだけの穴。
口、通常上唇と下唇が重なり合って口ができているが、そこに有るのはただの膨らみ。
平らな顔面で唯一存在する丘。
まるで皮膚が腫れているかのようなただの膨らみ。
発声のため、食事のための穴さえも見当たらない。
どこからどう見ても明らかに怪物だ。
これで自我が無く、破壊衝動、殺戮衝動のみ存在していたら完全なる怪物だ。
しかし彼は衝動と共に自我も持ち合わせていた。
悲しいことだ。
衝動のみに従い、怪物らしくいれたならどんなに楽か。
足下の花を踏み潰したいという衝動と、可憐なこの花を愛でたいという感情が同時に存在する。
これはどちら確かなもので、決して気の迷いなどではない。
この苦しみは想像を絶するものだ。
他人には絶対に理解してもらえない究極の矛盾。
それは常に気の休まることなく彼を襲う。
もし彼以外の人がこの矛盾に襲われたとしたら、気が狂って自らの死を選ぶかもしれない。
それが唯一の答えとして。
だが彼はその答えを選ばなかった。
自害以外の彼の答えは、「無」、つまり何もしないことだった。
ただただうずくまる。
矛盾を生み出してしまう世界と自分との接触を拒むように。
ただただうずくまる。
しかしどんなに存在を消そうとも、世界は異質な物を見逃さない。
異質な容姿を持ってしまった性か。
怪物、怪物、怪物。
非難、中傷、暴力の雨あられ。
怪物、怪物、怪物。
同情なんて微塵も有りはしない。
怪物、怪物、怪物。

二十二歳の僕はいやはやど~しようもないほどの生真面目だ。普段から勤勉に努め、休日すら家族のために家事の一切を一人で行う。欲望の類の物は持ち合わせておらず、有るとしたらそれは勤勉欲と言えばピッタリかもしれない。如何に人のため、社会のため、国のため、世界のためになるかを模索し続けている。その答えは彼が死ぬまで出されないだろう。なぜならその答えとは彼が死ぬまでに行ってきた全ての行動に等しいからだ。それは他人がその偉業を讃えた時初めて形を成す。その時こそ彼は天国で生まれて初めての自己満足に浸ることだろう。欲が満たされるのが死んでからなんて、何て皮肉な話しだ。もし彼が僕の友人の中に居たとしたら、こんなにも友人としての魅力が無いヤツはそうそういないだろう。欲が無いヤツに、欲ゆえの僕の悩みを共感なんてしてくれるわけがない。即刻他人の関係性に戻したい。
こんな三人が僕の中に同時に存在する。じゃあ僕は一体何者だ?さぞかし想像もつかないほどの事をしでかしてるに違いない。そう思った人がいるならばそれは大きな間違いだ。本当の僕はそんななれもしない架空の僕を想像するだけで、社会の枠から漏れないように必死で生きている極一般的な人間なのだから。ただその三人になる可能性はいつでも持っている。非日常のきっかけはほんの些細なことで、その原因はいつも近くに居る君かもしれないという危機感を常に忘れずにいてもらいたい…。