蕎ばログ

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蕎麦屋が蕎麦屋を食べ歩く。一般人とは異なる同業者としての視点でシビアに鋭くタブーに突っ込みます。
技術や味云々よりも料理や蕎麦に対する信念、哲学、お客様への配慮等そういった方面から観察したいと思います。


2026・1月訪問

2026年1月1日。

 

能登地震から丸2年。

今年もあのときと同じように

亀岡の出雲大神宮に初詣参りしてから。

 



母、兄、僕の家族3人で能登の生家へ里帰り。

 

天気予報では大荒れになるとのことだったが。

福井県くらいまでは意外に雪も少なく

また尼御前で昼休憩。

 


 

やはり石川県に入ってから雪の量も増え。

奥能登の山側では結構な積雪だった。

 

能登空港では震災の追悼式が行われてるようで。

誰か偉いさんでも来てるのか厳重な警備体制が敷かれていた。

 

地震発生時刻にはさすがに背筋が伸びるような緊張感が走ったが

あとは元通り穏やかな正月である。

とにかく今こうして息をしていられることに感謝しかない。

 

途中藤ノ瀬の母親の友達のところへ新年の挨拶に。

 

 

さすがにこの辺りは積雪量が多い。

 

そして宇出津の生家へ。

 

 

元旦に集まったのはうちの一家3人と

宇出津の叔父叔母そしてその息子と計6人だけだったが。

 

こうして正月に無事膝を突き合わせられることだけで

十分な幸せだと思う。

 

ちなみに従弟は元旦生まれ。

1月1日は元旦であり誕生日でありそして

震災の日でもあるという濃密な1日である。

 

もちろんこの先もずっと

誕生日にケーキが出て来ることは一生ないだろう。

 

2026年1月2日

 

 

早朝からかなりの積雪。

 

雪の中をかき分けて

朝一で爺ちゃん婆ちゃんの墓参りに向かう。

 

 

そこら中の道路が雪の重みで倒れた竹で塞がれている。

 

 

このまま高台に向かい

久しぶりに遠島山公園へ。

 

 

ここは中世に棚木城があった場所なので

地元では城山(じょうやま)と呼んでいる。

 

 

もちろん正月の早朝他に人影は見当たらない。

 

 

園内のボランティア施設に設けられていた宿泊用のテント。

 

 

さすがに今は使われている気配がない。

 

白鷺橋。

 

 

小さい頃はこの吊り橋を渡るのが怖くて怖くてしょうがなかったが。

年を取れば取る程また同じような感覚が戻ってきた。

ある意味赤ちゃん返りと言えるのかもしれない。

 

下山して白山神社にお参り。

 

 

昔はここも正月は神主さんが常駐して

朝から祈祷を授かる参拝客でにぎわっていたのだが。

 

地震後はすっかり静かになってしまった。

 

 

正月早々出港の準備をしてる漁船もあった。

 

 

寒ブリ祭りのポスター発見。

 

 

今年は特に寒ブリが不漁らしく

当日宇出津の鰤が使えるかどうか微妙なところである。

 

旧役場前に設けられたあばれ祭り用の観覧席。

 

 

予想通り平時は有効活用されている気配はない。

イベントも大事だとは思うが持続可能な予算の使い方が必要である。

 

うちの生家は基礎が崩壊して道路側に傾いた部分を解体して

山側に壁や玄関を移動した。

 

 

空いたスペースの整備までは業者さんの手も回らないので

自分たちでこつこつ整えていく必要がある。

 

 

いずれにせよ隙間風もなく床が沈むこともなく

普通に生活できることだけでも十分な幸せである。

 

玄関から入る時ちょっと照れくさい気持になったのも

同じ感覚であろう。

 

天候は大荒れだったが家にぼおっとしてても仕方ないので

家族3人で九十九湾へ。

 

 

この辺りも液状化が甚だしいので

以前は人気だった水中観光船も再開の兆しは見られない。

 

とはいえここにはこのイカキング様があるので。

 

 

観光客を引き寄せる貴重な存在ではある。

建設当時批判しまくってた人は今どんな気持であろう。

 

そして地震後に発生した津波と火災により

集落がほぼ全滅した白丸地区へ。

 

 

地震後の2月以来だったが

予想通り公費解体の終わった集落はただの空き地と化していた。

 

 

特殊な地形だけにこの後ここに建物が建つことはないだろう。

 

全壊した松波酒造さんの跡地にはトレーラーハウスが設置されていた。

 

 

石川県内の他の蔵の設備を借りて

今も元気に営業を続けられているらしい。

能登町復興のシンボルになり得る逞しさである。

 

そして恋路海岸。

 

 

真冬ということもあるがここもすっかり寂しくなってしまった。

 

見附島。

 

 

横から見ればもう軍艦島の威厳も何もないが

正面からみればどうにか軍艦と言えなくもない。

 

ここは暖かくなればまた人も戻って来るだろう。

 

正月早々自然の厳しさに触れるような天候だったが

こうして過酷な環境や自然と向き合いながら。

能登の人たちは粛々とこの地で生を繋いできた。

 

今年もそんな能登と同じように自分も

真摯に堅実に未来に向かって着実に歩を進めていきたい。

 

本音を言えば正月くらいどこか暖かい南の島へ・・・

という煩悩にはそっとフタをしておいた。

 

2026年1月3日

 

 

また早朝から積雪の上積み。

結局今年の正月は3日間とも大荒れだった。

 

 

この悪天候の中

早朝から沖に出ようとする漁船もあった。

 

 

労力に値する見返りを考えていてはとても出来ない仕事である。

 

 

魚市場前の鳥居も新調されていた。

 

 

明かりの点いた民家もぽろぽろあったので

正月くらいは実家でという人も多いのだろう。

 

 

 

そして酒垂神社へ。

 

 

人気の少なくなった境内は

すっかりカラスの寝床になっていた。

 

 

まだ静寂に包まれた正月朝の宇出津の街並み。

 

 

能登高校。

 

 

スーパーは正月から開けるのか

朝から除雪作業に追われていた。

 

 

ガソリンスタンドも新年早々早朝から開けている。

 

 

セルフになったので時間を気にせず開けられるのかもしれない。

 

 

長楽寺。

 

 

あんまり来た事なかったが

調べてみたら真言密教寺院だった。

 

ここが宇出津一の商店街。

 

 

もちろん正月から開けてるところは少ない。

 

 

こども未来館。

 

 

保育所かなんかだろうか?

あんまりここも関わったことがない。

 

ここは何かテレビで人気の寿司屋さんらしい。

 

 

竹葉の数馬酒造。

 

 

ここはもう本格的に酒造りを再開している。

 

これでまた宇出津ともしばしの別れ。

 

 

もし玄蕎麦が余ってたらまた2月に戻ってくる。

 

生家の裏に生えた樹齢500年と言われるタブノキ。

 

 

あの地震にも耐えた大木だが

もし倒れればうちの家はひとたまりもない。

 

帰りに役場前のお土産売り場へ。

 

 

石川さゆりさんが能登町の観光大使に任命されたらしい。

 

内浦でまた湧き水を。

 

 

やはり予想はしていたが山側の積雪はハンパない。

 

 

海と山で自然環境はこうも違うものかという感じ。

 

 

七尾の能登演劇堂に寄り道してから。

 

 

白山の道の駅で野菜の買い出し。

 

 

南条から冬用タイヤ規制で恐ろしいほどの渋滞が発生していた。

 

 

ついでに南條サービスエリアに併設された道の駅内フードコートの蕎麦屋さんへ。
恐らく個人店ではなく南越前町が経営母体なのだろうが情報が見当たらない。

二度目の訪問になるので写真はほぼ無し。

自動券売機で食券を購入して出来上がれば中央モニタに番号が表示され。
店頭で引き渡しというスタイル。

もちろん昼から夜まで通し営業なのだろうが。
正月3日目の夕方でお客さんは数えるほど。
スタッフ4人ほどおられたが手持ち無沙汰のようだった。

ざるで¥900天ざるで¥1500ほどだったと思う。
フードコートにしては割高のような気がしないでもないが
サービスエリアとしてなら相応か。


 

蕎麦は店名の通り福井県今庄産の在来種の抜き実の微粉やや太めの切り揃え。
今庄産100%と銘打ってるが十割ではなく二八。

 

そういう宣伝だと今庄産の十割蕎麦と認識できるので
あえてミスリードを狙ってるとしたらちょっと問題である。

現にうちの母親は十割だと思い込んでいた。

蕎麦自体は温めに仕上げてあるので今庄らしい爽やかな蕎麦の風味を感じられる。

どうせなら十割でもいいのでは?とも思うが予算的なものもあるのかもしれない。
まあこの場所なら十割だろうが二八だろうが在来種だろうが
あまり営業成績には関係ないとは思うがニヤニヤ

 

そば処いまじょう

福井県南条郡南越前町牧谷39−2−2 道の駅南えちぜん山海里内