言わずと知れた名作を今になって初めて見るっていうね…
見ました「Stand by Me」
90分ほどの映画とは知らずに見ていたら
あの名曲が流れ出して
「おや?まさか・・・」と思った途端ラストクレジットが流れ出してww
おいてかれました(笑)
夜中23:00~ちょっとすぎくらいに見始めて
終わったのが24:20くらいだったかな…
興奮して眠れないwww
これぞ映画!!!
さすが名作!!!!
今ならナポレオンの気持ちがわかる!!と、
謎なテンションで眠りにつきました(笑)
冗談ぬきで映画というものは素晴らしいと
あらためて思える作品でした。
ここからはちょっと感想を。
思ったこと打ち込みまくるからぐちゃぐちゃwww
「死体」というモノの役割を「見たことのないもの」とすると
彼らはその「見たことのないもの」をみるために
親(彼らにとって絶対的な存在)に嘘をついて
子供たちだけで線路づたいに、「見たことのないもの」を目指す
線路=記号としての「大人」が作り出したモノ として
これをつたっていけばいちばん安全
しかしこれは汽車が通る道であるから、そこを歩いていて
汽車が通るとなれば避けなければならない
死体、運ばなかったですね
線路、外れて森にいきましたね
コレですよ(笑)
わかりやすい、解釈しやすいフラグが
見事に消化されていく感覚。
にやにやしちゃいますww
あと、この映画は「振り返る」、過去を思い出す映画で
最初のシーンで主人公が弁護士の彼の死(彼の昔)を考える、思い出す場面で始まっていて
弁護士になった白いタンクトップの彼(名前調べろよw)が登場するたびに
「この子は死んじゃうのね」と頭をよぎらせる
でも考えれば人は必ず死ぬんですよ
それが「いつ」っていうだけで
主人公にとってお兄ちゃんって
一番自分を分かってくれる存在であり
(書いた物語を面白いと言ってくれる、読んでくれる)
一番邪魔な存在
(お兄ちゃんがいるから親の愛が僕にはいかない)
お兄ちゃんの葬式で「泣かなかった。悲しい。」って台詞に
思わず「おおおおおおおお」と、奇声をあげてしまいました…
演技が素晴らしくて…
お兄ちゃんがいなくなったら自分に少しは関心が向くかも…
そんなことをちらっと考えてしまった自分への怒りや戸惑い
だけど親は死んだお兄ちゃんのことを考えてる…
つらすぎる…
あと、食料調達に寄ったお店での会話
「君もフットボールをやるのかい」
「やらない」
「じゃあ何をやるんだい」
「さあ・・・」
会話うろ覚えですが(おい)こんなかんじの会話…
主人公の他にも、この映画には「~~の息子」「~~の弟」
っていう表現がたくさん使われてました
12歳…子供のとき、自分が何の力、お金、知識もないとき
周囲に存在を判断させるのは家族とか住んでるところとか
そういう自分の行動にまったく関係のないところで、
歯がゆいです。
あの給食費の会話のくだりは、だめですね
その後、弁護士になったということも考えると…
(弁護士=正義、正しい真実を見抜く存在)
子供のときの記憶、とか想い、って
やっぱりその後の人生に大きな影響を与えると思うんです。
「12歳のころのような友人にはもう二度と出会えない」
なにがいちばんいいかって
主人公が作家になってるってことですよ
自分のしたいこと、友人に「才能がある」って言われたことをしているってことですよ!!
親なんて、家族なんて、大切だけど関係ないんです
自分の人生は自分のものなんです
誰かが決めることじゃない
いまの状況は誰のせいでもなく、自分の力で
変えていけるってことです
(誰かのせいっていちばん楽なんですよね~)
言い換えれば、昔の自分が変わってこそ今の自分が好きになれる
昔の存在があって
それを否定したあとの構築した自分
つまり、「あのとき」とか「12歳のころ」とかがあっての
「今日」「いまの自分」
「12歳のころの自分はもういない」
「12歳のときの友人はもういない」ってことなんじゃないですかね
変わってしまうことはイイことでもあるし、
さみしい、かなしいことでもあります
もう会えない、ということは
「死」ということは、だからさみしいかなしい
でも、それがあるからこその「今」なんですよね…
思い出とかって、もう「そこ」じゃないから
「思い出す」し「懐かしむ」
でも「そこ」に確かにあるんですよね…
いくら「いま」が「そこ」と変わっていても…
ああ、すごい映画だった…(笑)
卒論かけるよ、
まだ書き足りない
「書き足りなくさせない」まで書ききって
自分はやっと成長できるのか
それとも映画ってものは「書ききらせない」ものなのか
たぶんどっちもだと思います(突然)
また何年後かに見たいです。
まだ20歳の私がみて「おおおおおお」ってなったんだから
30歳の私がみて「おおおおおおお」ってならないはずがないw
映画ってやっぱりすごい!