莫逆とは、(心に逆らうことがないの意から)きわめて親密な間柄のこと。また、その友。ばくぎゃく。

 

2008年、田中さんの初舞台となった劇団ONEOR8「莫逆の犬」。

何度かキャスティングが変わりながら再演されている公演で、若かりし頃にココリコについて調べているときに見つけ、是非一度見てみたかったなぁと思ったのが「莫逆の犬」という作品です。

 

見ていない人間が作品のあらすじを語るのもおかしい話なので、作品の内容を掴むのに参考になった記事のリンクを貼りますので気になる方はこちらからあらすじを確認してみてください。

 

 

なぜ私は見ていないこの公演に関してこんなに惹かれたのか。

 

それは、今も公演の公式リンクが残っているからです。

 

 

リンク内には公演時の写真も残っていて、田中さんの演技も確認できるファンにとっては大変貴重な資料となっています。

 

写真からもどこかコメディ感も感じながら、徐々に悲哀が増していく話なのが伝わってきて、これを初めて見た私はとても心を揺さぶられたのを覚えています。

 

また、作品の感想も高評価なものが多く、本当に面白い作品だったのだろうなということが伝わってきました。

 

2000年代の記事が徐々に削除されていく中、まだ公式で画像が残っていること、素敵な作品があったと言うことを残したいため、今回記事として語りました。

タイトルのイベントに行って参りました。

実物(?)の田中さんを見るのは6年振りくらいだったのでちょっと緊張しました。

 

最後に田中さんを見たのはコロナ前、新宿の

ルミネtheよしもとにてココリコでコントをするのを見に行ったのが最後だった記憶があります。

 

横浜赤レンガ倉庫内でどうやって時間を潰そうか考えていたら、

 

 

赤レンガ倉庫内に「LA COCORICO」というお店があったので運命だと思って寄ってきました。

 

ハンバーガーとっても美味しかったです。

関東圏に何点かお店がありますので皆様も「LA COCORICO」に行った際には是非ココリコシールとお写真を撮りましょう(?)

聖地巡礼ごっこが出来ます(???)

 

さて、腹ごしらえも終えて、イベントの時間になりました。

たくさんの恐竜ガチ勢のお客さんに囲まれて待っていると袖からスっと現れた田中さんの、

 

あまりの作画の良さとオーラにニッコリが止まりませんでした。

 

当然ですが他のお客さんは皆恐竜のお話目当てで来られている方がほぼ全員だったので、そんな中、田中直樹(ヒト科)目当てで来ている事が後ろめたくなりつつ、田中さんの優しさオーラを目に焼き付けていました。

 

テレビで既に伝わると思うんですが、田中さんの所作ってなんであんなに優しさで出来ているんでしょうか?

拍手も優しい、お子さんが話した時には片膝を着いてマイクを向ける、とにかく全ての動きが優しい、類を見ない動作なんですよね。それが魅力。

 

椅子が準備されているにも関わらず、立ち上がったり、映像が見やすいように移動したり、上手いこと立ち回って座っている場面が少なかったのも印象的でした。

 

恐らく恐竜のお話は後々公式から映像等が出ると思うので、田中さんが発言した中で印象に残ったお話を2つ。

 

・生まれ変わったらジンベエザメになりたい。

ジンベエザメは未だ出産を誰を見たことがないサメで、自分がジンベエザメになった時にはそれも含めて全てをオープンにしようと思う。

自分が寿命を全うした後に、ジンベエザメの出産シーンが明らかになったら「田中やったな!」と思って欲しい。

 

そのニュースを実際に見てみたいと思う反面、推しが亡くなっているという現実におかしくなりそう。

 

1日ひとつ驚きを見つける生き方が大事。

過去に先輩芸人さんに言われたことがあって自分も心がけている。(これは私もどの芸人さんか心当たりがないエピソードでした。情報求ム)

なんでもいいので、ちょっとした驚きを見つけてみてその積み重ねが毎日を楽しく生きることに繋がるんじゃないか。

 

卒業式のスピーチもそうでしたが、最近人生について田中さんが語ることが多くて、人生の路頭に迷っている私に刺さり続けています(

 

時折ボケを挟んで大ウケしていたので流石田中さんだなぁと思いました。

もっとお話を聞きたかった!

 

久しぶりに見た田中さんが変わらずお元気そうで私は安心しました。

来月はまたまた横浜でLIFEのコントイベントがありますし、夏以降に各地で藤井隆さんとのイベントも控えているので、今年はイベント尽くしになりそうですね。

 

私も体調を崩さなければまたイベントに足を運んでレポをしたいですね。

以上、ささやかなイベントレポでした!!

 

 

 

・空想メディア

30年近く関わりがある高須さんとのラジオ。

大学のスピーチの話や結成話がトークテーマ。

「遠藤さんが最高に面白かった!」と言う田中さんの言葉が、芸人としての最上級の褒め言葉なんだろうな思ったり。

カボスケを見た高須さんから評価されてた田中さん。

3年ルールで親に芸人になる交渉していた。

楽しい人が集まる芸人という仕事と空間が好きだった。

 

・月夜行路

一話目冒頭で田中さんが出演。

浮気している(?)旦那の役ですが、出かける直前に戸締りを心配したりとどこか憎めない夫感がする。

予告段階ではもっと冷たい夫なのかと思ってたんですがドラマ見る感じ、声色とかセリフを聞く感じ今のところどっちか分からない。

 

 

最近田中さんを再度推し始めて気づいたんですが、田中さん結構供給あるな…!!!

ふらっととガキ使があるので最低限毎週2回は供給を拝めるんですがそれ以外にも番組出演が多くて嬉しいね。

来週火曜日に爆笑問題さんのラジオにココリコがゲスト出演しますので見逃さないように。

 

あと、田中さんCM出演もしてるぞ。大忙しじゃ。

 

 

・川島明 そもそもの話

 

田中さんのゲスト回でした。

川島さんの声がめっちゃ良い。

田中さんの好きな曲であるユニコーンの大迷惑が番組開始早々流れて興奮しました。

 

・番組メモ

 

「こんにちは」でお馴染みのココリコ田中直樹。

黄金伝説のVTR中に川島さんが話した事を振り直ししてくれた田中さんに感謝していた。

 

小、中、高校とコメディ映画が好きだった。

中学生の時に相方である遠藤さんと友人になって「こんなに面白いやつがいるんだ」と衝撃だった。

今は「遠藤さん」呼び。若い時代は「遠藤」呼びだったけれど40過ぎたくらいから「遠藤さん」呼びに切り替わった。

遠藤さんは野球留学、田中さんはデザインの道へ。

専門学校の卒業制作を仕事を辞めた遠藤さんに毎日一週間手伝ってもらって間に合わせて卒業をした。

就職活動もしておらず、遠藤さんの芸能人の夢を一緒に追うことを決める。

大阪出身にも関わらず、年齢的な面やぐいぐい前に出るタイプでもなかったことで大阪ではなく東京から芸人活動をスタートする。

 

ココリコボンバーズの由来は、遠藤さんとの下校中に拾った手帳の中に書かれていた「喫茶ココリコで待ち合わせ」という文面が由来。5000円を謝礼でもらったことで縁起が良いということでつけた。

前に出るタイプではなかったため、せめて名前だけでも勢いをつけようということで「ボンバーズ」をつけた。

 

挿入歌がまさかの説明一切なしで「悲しみの夜明け」が流れて聴いている方がなんの曲か不思議がらないか不安になった(笑)

 

銀座7丁目劇場で活躍。

劇場ができる1年半前に出た初舞台で極楽とんぼとチームゼロが出演していてお世話になった。

加藤浩次から「そんなタイプでもないから「ボンバーズ」をちぎっちゃえよ」と言われて現在のコンビ名に。

ココリコという名前が収まり良くてしっくりきた。

 

ガキの使いの前説を務める。

方正さんに可愛がってもらっていたことや、東京の芸人さんが少なかったこともあって前説の仕事が回ってきたような気がすると田中さん談。

20〜30分の間ダウンタウン目当ての客の前で前説をすることにビビっていた。

ダウンタウンとスタッフさんの声が聞こえてくると準備ができたということなので、終わる1分前はウケる話を何度もしていた。

 

半年ほど前説をしていた流れでオープニングに出るようになる。

その後本編出演も果たし、そのままレギュラーになる。

「僕らで務まるのか」という話を吉本のスタッフさんとしていたそう。

 

挿入歌でガキの使いのオープニングテーマ曲が流れる。

 

黄金伝説がココリコ28歳の時に開始。30歳の時にゴールデンに。

その時にもガキ使で前説をしていたが、前説から卒業することに。

松本さんから進言がありライセンスなどに前説のバトンを渡すことになる。

 

初期の黄金伝説はココリコが「死んだんじゃないか(川島さん談)」と思うような企画を毎週行っていた。

「ヤギのミルクだけで一週間過ごす男」等、黄金伝説の企画をこなしている期間はずっとカメラが回りっぱなしで精神的にきつかった。

ヤギのフンの中に1分以内に5粒だけ混ざったブルーベリーを見つけたらご褒美がもらえると言うものがあり、探している最中ヤギから憐れみの目で見られた。

後輩のロンブーが「ぷらちなロンドンブーツ」でキラキラとした企画を沖縄でする同日、一発屁をこいたら100円をもらって縦断企画をしていた。

 

挿入歌でBEGINの誓いが流れる。

 

ガキ使で「笑ってはいけない」シリーズが始まる。

最終的に五人全員の形で年末番組としてシリーズ化。

吹き矢は痛すぎて誰も笑わなくなる。パンツが血で染まっていたため捨てて帰った。

 

「タイキックは本当に嫌」。

タイキックはいつからか、田中さんの名物になる。

一発目をどのタイミングで喰らうかでその後が変わるため気にしていたが、方正さんの蝶野ビンタも同じ考えだった。

息子からの感謝の手紙からタイキック宣告をされて川島さんはこの世界が怖くなった。

 

黄金伝説があったからこそのタイキックだった?

 

動物が好きだったのは昔から。

最初は見て癒される感覚だったのが、30の頃に仕事でつまづいて頭がこんがらがった時に、動物を見ていて生き物のヒトして生きていけていけたらそれでええやんと思えた。

求められているものができなくても他に伸ばせるものがあるという気持ちにも繋がり、更に動物が好きになった。

家にいっぱい図鑑やDVDがあったこともきっかけかも。

 

芸人としての目標は、「コントが好きでこの世界に入ったからコントが続けられればそれでハッピー。コントをやり続けたい」。

 

最後はMr.Boo!の主題歌で締め。

 

 

1時間があっという間に過ぎ去ったなぁと言う感想と1時間だと50年分のエピソードが聴き出しきれないと思ったのでもっと長い時間で語ってほしいなと思った。

30代、40代のココリコのエピソードが意外と語られないのでどこかで語ってくれると嬉しいなと思ったり。

 

・タカトシランド

4月3日にタカトシランドにゲストで田中さんが出演。

三角コーンでずっこけそうになったり、針を刺す動作が優しさの極みで見ているだけでニッコニコになる。

羊毛のシャチを作るのがうまくてびっくり。

エコバッグの方を冷蔵庫にしまっちゃうの田中さんらしくて良い。

相方さんの話題がまた出てきてにっこり。歳を取るにつれてどんどん優しくなる関係いいなぁ。

モリマンさん久しぶりに拝見できて驚き。10年前はごぼうを振れたで覚えしかない。

泰間さんって「あいつ今何してる?」のココリコ回で出演されているのを見た記憶があるけれど同一の方かな?

 

・近大工学部スピーチ

3月12日の近畿大学工学部の卒業式で田中さんがスピーチをされました。

 

 

相方の遠藤さんのエピソードを何回か挟んでいたのがコンビ愛を感じましたね。

 

20代の頃の苦労話はエピソードとして知っていましたが、30代の頃に実力不足を感じて悩んでいたのは意外でした。

ココリコは若手時代から一貫して安定感があるような気がして、見ていてどこか安心感があったので、内心悩んでいたのだなと、田中さんも人間なんだなと思いました(?)

 

食べて排泄が出来て、寝る場所がある。

生き物としてそれだけで良いと思うと私もどこか心が軽くなるので、この考えは忘れないようにしたいなと。

ココリコが好きです。推し始めてあっという間に10年以上経ってしまった者です。

 

そう、私はココリコが好きな奇妙な人間です。特に田中直樹が好きです。

学生時代にココリコにハマってから、青春をココリコに染めてしまった悲しき人間です。

夢は、ココリコミラクルタイプを全部の回見ることです。誰か録画ビデオを持っていませんか(切実)

田中さんの離婚報道でショックから号泣し、食事が喉を通らなくなった経験がある人間です。

 

それほどまでに好きにも関わらず、今までの私は表立って感想や情報を発信する事をしませんでした。

どこか自分が同級生や世間の価値観からずれていると自覚し、後ろめたい気持ちがあったからだと思います。

そんな自分を変えるために、ココリコが出演する番組を見ることを意図的に避けていた時期もあります。

 

しかし、自身の生活環境が変わってどこか楽しくないなと思うことが増えていたときにふとココリコを見かける機会があり、もう一度ココリコを推そうと決めました。

 

あと数年もすれば、推し始めた当初は40代だった二人も還暦を迎えます。

これから二人を好きになるファンやそれこそ御本人様の応援のために何かできないかと思い、どこか独り言のように思い出も長々語れる場所としてブログを始めることにしました。

 

学生時代に行けなかった二人のイベントも、現在の私なら行けると言うことで、暫くは二人のリアルイベントにも足を運んで感想を書き残して悔いなきようにココリコを推したいと思います。

 

変な人間ですが、是非よろしくお願い致します。