2006-10-31

 福岡に仕事で行きました。祖先が九州の出なので、なんとなく落ち着くような気がするから不思議です。ラーメン食べて、飲んで、飲んで、最後にまたラーメンを食べるというような「らしからぬ(?)」行動に出たりしました。という訳で今回も中村智彦が担当します。

悩ましい「企業誘致」

  先週、関西人をまたがっかりさせるニュースがあった。「武田薬品、新研究所を神奈川に 大阪府の誘致実らず」(10月25日)というものである。簡単に説明すると、製薬大手の武田薬品が、大阪市淀川区と茨城県つくば市の二箇所にある研究開発 施設を統合、拡充することを発表し、その移転先を巡って、自治体の誘致合戦が行われたのである。当初、神奈川県が80億円の補助を表明、それに対して、大 阪府が通常の企業誘致支援策では30億円が上限のものを、特別に上乗せし200億円という破格の補助を表明し話題になっていたものだ。
 一企業の誘致に、200億 円という巨額の特別援助を出資することに対して、関西の財界の中では、低迷する関西経済の底上げのためには、こうした素早い対応が必要だという意見がある 反面、武田側からなんの意思表明の無い段階で、通常とは異なる巨額の補助額を提示したことに対して失敗した際のメンツを懸念する声が聞こえていた。
  今回、残念ながら後者の懸念が現実になってしまった。実際、今回の武田薬品の誘致に関しては、大阪府北部の巨大開発事業『彩都』(さいと)の成否をかけて という大阪府にとって焦りがあったことは確かである。最終的には二千人規模といわれる武田製薬の研究開発拠点の誘致は、地域経済の活性化には非常に魅力的 であることはこれも事実である。

 それにしても、これほどまでに自治体、それもいわゆる大都市圏の自治体が、なりふりを構わずに企業誘致 に走る姿は、かつてないものである。都道府県だけではなく、市町村でも補助制度を新たに設置するなどして、企業誘致に取り組む姿勢は真剣である。もちろ ん、こうした企業誘致に疑問を呈する声も少なくない。そもそも1970年代などとは異なり、特に大企業の誘致に成功したとしても、地域社会が期待するほど の雇用創出は見込めないというのがその批判の理由である。
 関西のある製造企業を訪れると、清潔にされた工場で機械が動き、人影はまばらである。 斜陽産業の代表格のような分野で、国内になぜ残留したのかと問うと、工場長は「かつては、この工場に17名が働いていました。徹底的な合理化と機械化を進 め、現在では生産量が増えて、7名。換算するとこの二十年で人員だけで見れば、十分の一にしたのです。中国に行けば、人件費が十分の一だと言いますが、そ れなら別にここでも同じです」と言う。一方、西日本のある地方に新設された自動車産業の工場を視察した関係者は、「今後の国内工場のモデルだと言われるほ ど、工場内を見渡しても人影がない」と言う。このように最近の工場は、雇用を多く生み出さないという指摘に対して、ある大企業の社員は、「では、多くの求 人をしたとして、地方で誰が安い給料で働いてくれるのですか?70年代は、地方に若く低賃金で働く人材がまだ存在していましたが、現在は高齢化が進んで人 材も集められませんよ。」と言う。仮に集められたとしても、中国や東南アジアと比較すると高額の給与を支払ってまで進出する意味はないだろう。

  「自治体は、製造工場よりも、研究拠点などの誘致に力を入れるべきだ。」ある地方自治体の関係者は、こうした状況から指摘する。しかし、大阪府の事例のよ うに、研究開発の拠点の誘致は、立地条件などどこの自治体でも可能というわけにはいかない。事実、多くの企業は、研究者や研究機関が集中する首都圏とその 周辺に研究機関を設置させている。

 しかし、仮に雇用が生まれなくても、地方自治体の工場誘致合戦は続くだろう。少なくとも工場が移転し てくれば、固定資産税は確保できる。財政的に追い詰められてきている地方の自治体では、研究開発拠点や工場が無理なら、倉庫やトラックターミナルはては刑 務所を工業団地に誘致しようとするところまで出ている。地方部では、すでに製造業などの誘致をほぼ諦めている地域も出ている。
 工場誘致条例の制 定を進める市町村でも、「現実的には、新規立地は望み薄。しかし、現在、地元で操業している企業のこれ以上の流出はなんとしてでも食い止めたい」とある市 の職員は話す。この市は、大都市の衛星都市として発展してきたが、近年、緩やかな人口減少と、市内事業所の減少に悩まされている。ある大手企業の工場が閉 鎖になった際には、東京本社に出向き、他の製造企業への土地の斡旋などを試みた。「試みはうまく行かなかった。土地価格が折りあわず、結局、住宅用地とし て販売されてしまったが、こうした経験を積み重ねて、少しでも製造業を市内に維持していきたい。」

 「大企業の工場そのものに大きな雇用 は発生しなくても、関連する中小企業が進出してきてくれることを期待している」と指摘するのは、ある地方の自治体職員である。老朽化している国内の大工場 の多くが、大都市圏にあり、これ以上の海外移転は行われないだろうという考えから、国内地方への移転にチャンスがあると考えている。大企業は自動化も進め ており、従業員も転居してくるために、大きな雇用増にはならない。しかし、すくなくとも従業員の転居による人口の増加や、関連する中小企業や輸送、流通関 連の企業も進出してきてくれると考えている。「大企業の誘致に成功しただけで安心していてはだめで、いかに関連する中小企業も呼び込めるかが勝負」とこの 職員は言う。

 大都市圏の周辺部や、地方都市の自治体での企業誘致合戦は、激しさを増しつつある。もちろん、国際化や少子高齢化の中で、 そうした試みの実効性を疑う声もあるのは確かである。「工業振興に廻す金があるのなら、福祉の充実に金を廻せ」という指摘があるのも確かである。しかし、 これ以上、製造業が衰退し、産業が低迷すれば、税収は一層悪化し、結果的に福祉の予算も充足できなくなる可能性がある。「企業立地が、どれくらいの税収増 になり、そしてそれが自治体にとっていかに重要かを、首長や幹部職員、一般職員まで、産業振興を担当する職員だけではなく、理解しなくてはやっていけない 時代になった。」関西のある自治体の幹部職員はそう言う。

 とはいうものの、産業振興を担当する自治体職員の多くは、不安も隠さない。次 々と積み上げられる企業立地への補助金額、果たしてそれを回収できるだけの税収を期待できるのか。あるいは、助成制度を作っても、それを利用して進出して くれる企業がどれほどあるのか。そして、「しかし、座して死を待つわけにいかないですよね」という結論に落ち着く。大阪府の誘致失敗は、全国の誘致担当職 員にとって、決して他人ごとではないのである。