2005-10-31

 銭湯は生業の人達のたまり場だ。ぼんやりと湯船につかっていると愉快な人達に出会う。仲良くなった何人かと2003年頃から銭湯会を作って時々飲み会を 催している。現在メンバーは8名だ。ペンキ職人のTさん(71歳、第55回に登場したお祭り好きの人)、肉屋に勤めるOさん(63歳くらい、第11回に登 場)、元鳶職のNさん(57歳)、六本木で水商売をしているMさん(58歳)、元印刷会社勤務で年金生活のSさん(65歳)、特別養護老人ホーム職員のK さん(60歳)、営業系サラリーマンのMさん(60歳)。このうちの何人かを紹介しよう。
 まず、長老のTさん。お父さんの代からペンキ屋さんだ。41歳の時結婚して30歳になる娘がいるが、8年ほど前から一人暮らしだ。この数年ペンキ屋は開 店休業だったが最近また働き出した。ペンキ作業について語ると長い。「ペンキ塗りは刷毛が重要なんだ。いい刷毛を使わないとだめ。ペンキは薄く塗る。濃く 塗るとはげる。乾燥した時に盛り上がってしまうからね。さび止めも含めて3~4回塗る。今は塗料が変わって水で溶くことが出来るようになったから、ロー ラーで塗るようになってしまった。昔の現場はシンナーくさかったけど今は臭いがしないね。足場も組まなくなった。熟練者でなくても素早く作業が出来るよう になってしまったよ。俺は手間のかかる汗をかく仕事しかやらないよ。夏場はTシャツ3枚用意するね」

  ただ、このTさん、三社の祭でお酒を飲んでひっくり返って以来(第55回参照)少し不調だ。先日も一緒に飲んだ時に青ざめて冷や汗をかいたのでアパートま で送ったが、階段を昇る足取りに不安を感じた。この辺が一人で頑張る「老いても現役」の辛いところだろう。心配なので会の連中全員が彼の家族の連絡先を携 帯に控えている。

 銭湯会で一番元気がいいのはMさんだ。筋肉質のがっしりした体つきで、無料サウナの主と呼ばれている。麻布育ちの彼は 六本木で女性等8名を使ってパブを経営している。30歳頃に創業して、バブルの時には1ヶ月200万円稼いだというが、その後はかなりの波瀾万丈があった ようで、今は一人で暮らしている。夜の仕事なので平日は午後3時過ぎに銭湯に来てガラ空きのサウナを1時間以上堪能していく。水風呂もイルカのように強 い。

 頑健な身体で孤軍奮闘している感じの人だが、彼も今年は厄年のようで、二度入院した。一度目は今年の1月。いつもと違って6時過ぎ に来ていたので聞くと、ここのところ眼の調子が悪くてゴルフも満足に出来ない。今日検査に行ったら、両眼とも白内障なので明日から入院、という話。退院後 しばらくは銭湯にも来ることが出来なかったが、復活して飲み会にも出て来た。しかし、今度は5月頃に盲腸で再び入院。この時はかなり悲惨な状況だったよう だ。「ここんとこずっとお腹が痛かったけど酒も控えてこらえて仕事してた。夜中に帰ったらとても我慢が出来なかったので緊急で外来へ行った。二軒ほどたら い回しにされてからやっと大手の病院へたどり着いた。医者によくここまで我慢してたなと言われたよ。一人暮らしで何の準備もして来なかったから、行きつけ の飲み屋の人に頼んで家までとって来てもらった」。それでも退院後ほどなくして再復活してサウナで酔い覚ましをしている。

 次はNさん。 彼は中野区在住で地元の人ではない。脳溢血で車椅子生活のお母さんが銭湯近くの特別養護ホームにいるので毎週ここに来るというわけだ。中学校卒業後鳶にな り、その後鉄骨鳶になった。高いところでボルト締めたり、溶接したり、酸素で切断したり、という作業をしていた。しかし50歳過ぎてから体力の限界を感じ てマンションの管理人になったという。茫洋とした感じの人だが、彼もお酒がとても強い。ただ、晩婚の彼は飲んでいても必ず奥さんの影があるようで、過ぎる ことはなく食べ物にも気をつけている。これが妻帯者の強みかもしれない。

 銭湯会のメンバーではないが、生業の観点からは、以前にも登場 した豆タンクのおじさん(第11、15回参照)の話が面白い。昭和3年生まれで、水道などの設備工事などをやっている人だ。この6年ほどの顔見知りだがま だ名前は聞いていない。少し耳は遠いが豆タンクのような体で、かすれ気味の声が分厚い胴体から出てくる。彼も一人暮らしだ。以下は2005年以降の名言集 である。

 「大晦日に仲間8人でマイクロに乗って勝沼に日帰りで温泉旅行に行ってきたんだ。温泉は500円だったけど銭湯よりずっとよかった。でも帰りに雪が降って足止めくらってね。結局皆で一人千円ずつ出し合ってチェーン買った。俺も運転したよ」

 「最初に覚えた仕事は煉瓦工。水道工事はそのあと。仕事ないから最近は何でもやるよ。塗装、溶接、左官、タイル、何でも出来ないと仕事は来ない。みんな町場の仕事だな。野帳場の仕事のように大規模になると専門家でないとだめだけど」

  「本当はビニールの手袋をして工事しないといけないんだけど、そんなことしてたら指の感覚が鈍るから、裸の手で泥だらけの穴の中に手を突っ込んだりしてい たらこうなっちゃった(右手の指の爪がはがれて割れたり変色したりしていた)。怪我しても直す暇がないからそのまんま」

 「膝小僧が真っ 青になってるって?うちみじゃないよ。ペンキだよ。屋根の塗装で膝をついて塗ってたんだ。若いやつは中腰でやるけどあれだとすぐ腰が痛くなるよ。最近は銚 子あたりまでトラックで行く。工場の修理の仕事。俺は足場を持っているんで仕事が来るってわけ。トラックには色々な設備を積み込んであるんだ」

 「ここんとこ長野県での仕事が長かった。神田から車で240キロ。全部自分で運転したけど、片道4時間半くらいかかったよ」

 「車はバンだけど、もうすぐ廃車で買い替え。この年齢だから、業者には教習所で講習を受けて来ないと売らないと言われた。今度は軽の中古を買う。予算は20万くらいだな。これでも元はとれないよ。最近の仕事は10万円くらいだから、材料代引くと
5万円くらいが手元に残る」

 「年金貰ってるかって?国民年金5万円。家賃が5万円だから、これだと生活できない。働き続けなければ生きていけないよ。仕事をやれば5万円以上は入ってくるからね」

  「今度の仕事は俺が元請で大工を使って仕事するんだ。工場の軒先の改装。今日はその下見に外房まで行ってきた。どういう段取りで仕事するかを見にね。来週 から1週間ほど下請を連れて泊り込み。彼らの宿泊費や弁当代も出さなければいけないから銀行で20万円おろして来た。親方やると運転資金の工面が大変。近 くのホテルの温泉に入れてもらう交渉もしてきた」

 市井の一隅で黙々と働き続けている生業の人達を見ていると、その技能が名人級であるか否かはどうでもよいような気がしてきた。マイスターとして世間の脚光を浴びずとも、大企業のサラリーマンではなかなか真似の出来ない、ユニークで自律的な人生を送っているのだから。