2005-6-30

 この随想録(10)で「意欲はどこから」と題して書いた。これはその続編である。5月19日、(53)に書いた墨田区の鋳造業、東日本金属を再訪した時 のことだ。ちょうど注湯するところで、現場では社長も専務も専務の子息も皆元気に働いていた。73歳の社長はパワーが一層増したような気もする。
 以下は23歳の子息との会話である。鵜飼「今週は三社だね」。子息「宮出しから行きますよ。社長は担ぐなと言うけど」。鵜飼「去年の宮出し、ビデオ見た けど凄まじかったね」。子息「あれには僕も写ってますよ」。そこに専務が来て携帯の画像を見せてくれた。そこには社長と専務と子息が親子三代仲良く神輿を 担ぐ姿があった。

  翌週の中頃、いつもの銭湯に出かけた。銭湯仲間で長老格のペンキ職人(71歳)が風呂上りでくつろいでいた。話をしているうちに後頭部の大きな傷に気がつ いた。「どうしたの?」と聞くと「三社に行って、酒飲んで、ひっくり返って、気がついたら病院にいた。あ、そうだ、こないだ貸した去年の三社ビデオ返して ね。仕事仲間が見せてくれって言うんだ。あれ見ると気合いが入るからね」と。

 6月14日、台東、荒川、墨田、葛飾の4区合同プロジェク トTASKの委員会で浅草の桐製品の老舗「箱長」の宮田さんと会った。この会社は美術品を入れる桐箱から桐箪笥まで、桐製品なら何でも製造販売しており、 とりわけ「桐木目込み」は装飾品、調度品として人気が高い。社長は一見こわもての職人といった感じで指も太い。相変わらず気力充実と感じたので「仕事、忙 しいですか」と聞いたら、「うん、やっと一段落したとこ。浅草のお祭りが終わったばかりだからね」と。

 生業の人達にはお祭り好きが多 い。小生が新宿区若松町で町内神輿を担いでいた頃、仲間の多くは現場で働く人ばかりだった。神輿の同好会に入ることを勧めてくれたのは、寿司屋と魚屋で あった。その会には鳶、大工、米屋、肉屋、クリーニング屋、床屋、タクシー運転手、町工場の従業員などがいた。歯医者、外科医、物書きまでいた。いずれも 身体化された知識で勝負している人達ばかりだ。

 神輿担ぎを運動として捉えると、ちょうど背中にバーベルを担いでジャンプしているような ものである。一回の運動は数分から10分くらいだと思うが、これを朝から夕方まで繰り返すのである。持久力というよりもある程度の瞬発力と気合いが要求さ れる。慣れていないと翌日は必ず、肩、腰、腿の筋肉が痛くなる。心臓と血圧に問題にある人には勧められない運動だ。

 なぜ、毎日の現場作 業で身体を忙しく使っている人達が、余暇においてもこのような身体を酷使するような遊び(?)に熱中するのだろうか。せっかくの休みなのだから、身体を休 めればいいのにとも思う。祭りだけでない。現場で働く生業の人達にはスポーツ好きが多い。それもリラックスするようなものや単なる持久力系ではなく、筋肉 や循環器系を激しく使うようなスポーツである。先述の東日本金属の社長はサッカー、磨き屋シンジケートの大原さんは卓球、台東区で脳外科用メスなどを作る 高山医療機械の社長はブラジリアン柔術、そのお父さんは社交ダンスに熱中している。大田区優工場マテリアルの社長はプロ野球のテストを受けたことがあり、 現在社会人チームを結成してピッチャーで活躍中だ。わが家の近くにある小さな日本料理屋の若旦那(吉兆で修業)はサンボ好きで関節をしょっちゅう痛めてい る。早稲田の街では海外冬期登攀で死にかけたこともある登山家がラーメン屋をやっている。

 ここでいきなり、運動科学の話になるが、「パ ンプアップ」という言葉をご存知だろうか?トレーニングをしている人であれば、経験済みと思うが、激しくトレーニングをすると、あたかも筋肉に血液が注入 されて、風船のように膨れ上がったような感覚になる。この状態をパンプ・アップと言う。実感がなければ、パソコンの前から離れて、ヒンズースクワットか腕 立て伏せを猛烈な勢いで50回から100回ほどやってみて欲しい。そのときの大腿部や胸の筋肉の状態がこれである。体力に自信がなければ手を握ったり広げ たりする握力運動を素早く100回ほどやってみるとよい。いずれも1分以内で出来る範囲でよい。

 このように筋肉を激しくパンプ・アップ させるトレーニング法は、従来、「しごき」や懲罰の手段として、精神的効果をその主目的に行われてきた。生理学的な実験でも、いくらパンプアップさせても 筋肥大は起こらず、筋力増強にはつながらないので、トレーニング効果はあまりないと思われてきた。しかし、近年、別の説が出てきた。

 筋 肉が活動するとエネルギーを使う。すると、乳酸や二酸化炭素などの代謝産物が生成される。以下、その詳細なプロセスは省略するが、その結果として、運動直 後に、筋肉に過大な血流が流れるとともに、筋線維の間に血液から血しょう成分が侵出してくる。その結果、筋肉が「水ぶくれ」になり、体を循環する血液量が その分減少して一時的に局所性貧血が生ずる。これがパンプアップの原理である。

 ここで言う乳酸とは筋肉が運動を続け糖質エネルギー(筋 グリコーゲン)を消費することによって産生される疲労物質だが、実は、この乳酸が短時間に集中して多く産生されればされるほど成長ホルモンも多く分泌され ると言われているのだ。この成長ホルモンは筋肉の再生作用を促進させる働きをする。

 結論を急ぐと、神輿担ぎや激しいスポーツにおいて は、乳酸が短時間に集中的に多量に産生されると推定される。その結果成長ホルモンも多く分泌されるというわけだ。しかもこういった気合いを必要とする運動 においてはアドレナリンの分泌も活発になる。祭りが終わって疲労も抜ければ、また明日から頑張ろうという気が湧き出てくるだけでなく、体力そのものも充実 する。その意味では、生業の人達は本能的に自分達の気力と体力の根元を刺激するような方法を本能的に生活の中に組み込んでいるのではないだろうか。

  体内での命令伝達手段にはホルモンと神経があるが、基本的にこれらは自分の意思で直接的に動員することはできない。しかし、上記のように、身体運動などを 通じて間接的にこの伝達手段を使うことは出来るのだから、意識して出来ることの中に無意識の力を喚起するものがある、ということができるかもしれない。こ こに意欲を喚起する有効な手法を見出すことが出来よう。

 三社や鳥越ほどメジャーではないが、7月末には羽田の祭りがある。弁天橋に集結 した多数の神輿が産業道路の高架下まで休憩なしに、時折、漁船のように左右に大きく揺れながら(「よこた」という)、一気に進む様は勇壮である。河口近く には大漁旗がはためき、この町が漁村から発展した産業集積地であることを再確認させてくれるような祭りだ。

 祭りの当日、この地でアルマ イトメッキを営む元網元、神社丸の屋号で有名な安藤工業所の周辺が賑やかだ。神輿を担ぐ人達が工場の脇にテントを張って焼き鳥やシャコを食べながら生ビー ルを飲む。土地柄、町工場関係の人が大部分だがそれ以外の生業の人達も多数集結する。このような光景がこの町のそこここで見られる。大田区産業集積の人達 の意欲増強装置といっても過言ではないこの祭、見るだけでも元気が出るので、是非、31日(日曜)の2時頃に弁天橋にお出かけください(京浜急行穴守稲荷 駅から徒歩10分ほど)。