2004-12-30
11月12日に放映された21世紀ビジネス塾では「浅草発 老舗の技 私が守ります」と題して浅草の和装小物メーカの新ブランド開発を取り上げた。小生
が解説をさせて頂いたが、なかなか興味深い事例で、問い合わせが相次いだと聞く。内容は、大正11年創業の高橋慶造商店(台東区浅草、従業員15名)が新
しいブランドの草履等を開発して成功した、というものである。この会社も町工場と同様に、父、長女、長男という家族が中心となって働いている生業だ。その
中で開発を行ったのは長女である。7年前に立ち上げ、現在では会社の売上の約3割を占めるまでになった。 長女は、固定的なデザインが主流であった草履の世界に遊び心を加え、これまであまり使われなかった輸入物の生地や素材等も活用し、太い鼻緒を用いるなど して斬新なデザインの商品を開発し、「楽艸(らくそう)」という新ブランドで売り出した。この常識破りのデザインに、従来通りのつくり方を変えたがらない 職人達は当初反発した。しかし長女が消費者からの手紙を見せたり、商品の展示会に呼んで客と対話させるなど、ユーザの感覚や意見を粘り強く伝えることで、 職人たちの意識を変えながら開発を実現させた。和装業界の売上げはこの10年でバブル期の半分以下にまで落ち込んでいるという。その中でのこのような小規 模企業の成功は、同じような状況下の中小製造業に光を与えるものといえよう。
産業集積の中にある中小企業は、伝統工芸や地場産業に代表されるように、分業構造の中で「つくるもの」と「つくり方」を固定し、その中でつくる技能を向上 させてきたところが多い。しかし、設備や道具の前で一所懸命に作業に集中している間に、気がついたら親企業やユーザがいなくなっていた。その結果「技能は あるが仕事がない」という悲劇が生ずることがある。分業構造の中で全体像が見えず、ユーザの変化に気がつかないのである。
そこで、もの づくりとユーザの間をつなぐ企画・開発者が必要となってくる。しかし、発想が固定化したものづくり現場に新しい風を吹き込んでくれる人間を外部から調達す ることは難しい。身体化された知識を自負するつくり手をよそ者が説得することは容易ではないからだ。彼らと共感できる人でないとこの役割は担えない。この 事例では、長女がその役を果たしたわけだが、その基盤には、このお店とその外注先である職人さんたちとの間には長い間に築いてきた信頼関係がある。「お父 さんには大変お世話になった」という心意気が職人側にあり、一方で「値切らない、手形を切らない、支払期限を守る」といったお店側の矜持がある。お互いに 短期的利益や浮利を追わないという信頼関係があり、その中で、長女の熱意を感じとった職人側に「お嬢さんの言うことなら」という気構えが生まれ、彼らも変 化のスタート地点に立ったのである。
さらに、彼女自身が生活の場が仕事の場という環境で、職人達に囲まれて育ってきたことも職人説得の 重要な鍵だ。彼女自身がつくることは出来なくても、つくる人の人となりや心情はよく知っているから「つくる人との共感」が生まれてくる。こういう人が企画 や販売を担当すると強い。一般に、職人には昔気質で頑固な人が多いが、納得すれば動きは鋭い。
この新商品のポイントの一つはその独特の 鼻緒にある。一般的な鼻緒と比べると、かなり太く、しかも生地の柄や色使いも大胆で個性的だ。彼女が選んだ布は、職人たちに簡単には受け入れられなかっ た。種類や厚さがまちまちで、縫いにくいという反発もあった。鼻緒作りには、布の裁断やミシンがけなど工程ごとに、専門の職人がいる。そして彼ら職人を束 ねる親方のような人がいる。この鼻緒一筋50年の親方が彼女の熱意に動かされて職人一人一人を説得してくれた。
とりわけ、草履の履き心 地に苦労したようだ。草履を履き慣れない人でも足が痛くないようにと、鼻緒を太く柔らかくしたいと親方に頼んだところ、彼は、鼻緒の中身に工夫を凝らすこ とにした。芯となるボール紙の幅を0.5ミリだけ狭くし、その分、中に詰める綿の量を増やすことにしたのである。ボール紙の幅が広すぎると足にあたって擦 れる原因となるからだ。 試作品を作るため、彼は何度も職人のもとに通った。鼻緒の中身を詰める「引き通し」という作業専門の職人だ。綿の量の加減ひとつで、履き心地が大きく変 わってしまうので、綿の量をほんの少しだけ増やしては、それを長女に実際に履いてもらった。彼女が納得するまで何度も試作を繰り返し、最も履き心地の良い 綿の量を決めた。
「顔つき合わせて論議しているうちに、こうしてみようとか、こういうやり方もあるよとかいうアイディアが出てくるんだ よね。リアルタイムでやっている強みだよね」(親方談)。粘り強く渡り合っているうちに、長女の意思が親方に伝わり、個々の職人に伝わって、彼らもときほ ぐされて、その技能の中から新たな力が引き出されて、新しい感覚の草履が生まれたのである。新しい発想と伝統的な職人技が結びついて新たな商品が生まれる までにはこのようなプロセスが必要なのである。
おそらく、この引き通し職人は最後まで新しい草履の形がどんなものか見当がつかなかった のかもしれない。しかし「流れが変わってきたな」という実感は持ったと思う。職人は「つくるもの」から世間を見る。新しい注文、無理な注文に悪戦苦闘して 対応することで、世間の大きな変化を感じ取り、技能を新しい次元にシフトさせることが出来るのではないだろうか。
番組では放映されな かったが、この事例にはもう一つ面白いエピソードがある。同店では鼻緒を「すげる」という最終工程を内製化して、お父さんと長男の他に何人かがこの作業を 行っている。その中に新商品の太い鼻緒をすげるのが得意な職人Aさんがいる。小生がインタビューした時、この道20年というので変だなと思った。筋骨が しっかりしていてかなり若くは見えるが、70歳だと聞いていたからである。「ということは50歳まで何をしていたの?」と聞くと「町工場をやってた」とい う。真岡市から上京して町工場へ就職し、その後独立してプレス・板金の工場をはじめた。しかし、プレスが高価な設備主体になる傾向に悲観し廃業した。そし てハローワークでここの募集を見つけ、サラリーマンになるつもりで入社したが、すげる作業を見て血が騒ぎ、この道に入ったという。
技は 見よう見まねで覚えた。道具も伝統的なものにこだわらず、これまでの経験を活かして工夫した。例えば、鼻緒を台に通す「やすりくじり」に鉛筆キャップのよ うな治具を付けて太い鼻緒の取り付け作業を容易にするなど。金属加工技能の引き出しも豊富なので、色々な注文にも応えられる。六本木の展示会で客と直接対 応しながらすげていた彼に、小生の下駄に鉛の重りを付けられますかと聞いたところ、嬉しそうに「どうやって付けようか?」という話になってしまった。この あたりは彼の資質かもしれないが、この7年間の商品開発の中で消費者への対応力を鍛えられたことも大きいのかもしれない。「やっぱり使う方が喜んでくださ るのを目の前にした喜びって、非常にインパクトありますよね。また頑張ろうって気になりますよ。お客様に教えられて上達していくのかなと、この歳にして感 じますよね」(Aさん談)。
生業だからこそ大手企業に対抗できる分野があるというのが小生の持論だが、そのためには、技能を誇る生業と いえどもこれを絶えず更新していかなければならない。小さな企業の場合、1人が変わるだけで大きな変化にもなる。この事例では経営陣3人のうちの1人が動 くことで、職人の人達にも大きな変化が生まれた。ここに「小規模企業にこそ勝機あり」というゆえんがある。