七月並の陽気になったかと思うと、いきなり寒くなったり。体調がなかなか一定しません。ここのところ、食玩の町並みシリーズに凝っています。研究室の本 棚には、ちょっとした商店街が出現。「まーたこんなもんに、お金使ってー。おっ、なかなか良くできてますねえ」なんて、訪問客が言って行きます。
                    
反「中国脅威論」批判
 中国ネタは、止むことはありません。なにしろ、世界でも注目されている中国がお隣なのですから、いやがうえにも注目しなくてはいけません。
 先日もあるところで、勉強会があって、ある先生をお呼びして中国経済と企業経営に関するお話がありました。さて、その後の飲み会での若手経営者の話です。
 
「どうしてだろうねえ、50代から60代の先生たちって、なんか中国に入れ込まない?」
「そうなんだよねえ、今までに何回も講演会とか勉強会とか出たけど、やけに中国びいきなんだよねえ。」
「中国の発展のためになんて、言われてもさ、別に国際交流の話をしてるんじゃなくて、我々が国内で生き残るためにはって、話しているのにさ。」

  実は、私も同じように感じていました。私は、中国といっても、そんなに思い入れはありません。好きでもないし、嫌いでもない。中国人の友人もいるけど、そ れはほかのアジアの国のひとつという程度でしかない。なんだか妙に入れ込んだ、感情の入った話を聞かされても、なんだかなあと思うのです。

 東南アジア諸国に日本企業が進出した時、つまり80年代後半から90年代前半に、東南アジア諸国を研究したり、論評したりする人たちに、そんな妙な感覚を抱いた覚えはないのです。なのに、なぜ中国だけは違うのでしょうか。

 団塊の世代の人たちが、中国に関する親近感には、違和感を覚えるのは、なぜでしょうか。
  そう考えると、巷にあふれる「中国脅威論は行き過ぎだ」という主張は、ほとんどが団塊の世代の学者によるものです。この反「中国脅威論」の一つを、ぼんや りネット上で読んでいて、あることに気がついたのです。「中国脅威論が」という以上、どこかに「中国脅威論」が溢れているはずだと。ところが、どうもそう いうものがないのです。
 いや、もちろんネット上の超過激なサイトにはそういうのはあるかも知れませんが、反「中国脅威論」が日本の政府系研究機関のサイトにまで堂々と登場している割に、「中国脅威論」は見当たらないのです。

  では、団塊の世代が「中国脅威論」として批判する内容はというと、「中国一国に投資を集中してはいけない」とか、「これ以上の製造業の海外移転は、経済的 にも、研究開発の面からもやめた方が良い」と言った程度なのです。失礼ながら、当たり前の説なのです。よほど右翼的な雑誌やサイトでない限り、中国からの 全面撤退とか、中国が大きな脅威になるという論調は見当たらないのです。

 それに対して、反「中国脅威論」は、かなり過激です。簡単にま とめてしまえば、「日本の製造業が空洞化といっているのは、中国脅威論者が大げさにいっているのであり、そんな事実はない。世界的に金額ベースでみれば、 日本の対中国投資は、まだまだ少額であり、もっと増加させるべきである」ということであり、さらには人によっては、「日本の若者はふやけて駄目だが、中国 の若者は素晴らしい。ちょっとは見習え」ということになっています。
 
 こんなことを書くと、また「お前は中国脅威論者だ」とレッテルを 貼られそうですね。しかし、私がここで言いたいのは、なぜ中国をほかの国と同様にみなして、隣国として、あるいは今後経済成長をしていくであろう大国と見 て、どう付き合うべきかを論ずることが批判されるのだろうという点です。
 東南アジア諸国に出れば、理解できることですが、中国は脅威です。これは間違いありません。しかし、それは嫌悪とはまた別の問題です。あれだけの規模の国ですから、一歩間違えば、その存在は脅威になることくらい理解できるでしょう。その点では間違っていないと思います。

  最後に一つ、厳しいことを言うならば、団塊の世代の一部の学者たちの間に、まだ社会主義的なものに対する郷愁があるのではないかと思うのです。それを中国 に求めているのではないか。ゲスの勘ぐりと笑われそうですが、それ以外に思いつかないのです。ただ、もしそうだとすれば大きな間違いを犯しているでしょ う。今の中国は、社会主義的な郷愁を感じさせる対象ではありえないし、むしろ今後、資本主義的色彩を強め、経済大国になっていくでしょう。

  年初から金属価格が急上昇しています。これも中国国内の需要が急増している影響に他なりません。今後、中国国内の消費が拡大すれば、大きな市場が存在する と考えられる一方で、価格上昇などの影響を日本も受けることとなるでしょう。何度も書きますが、嫌悪の念を持てというのではなく、少しくらい脅威を感じな がら、我々の進む道を考える方がいいのではないでしょうか。

今月号は、中村主任研究員が担当しました。