技能の習得というと何か型を一所懸命に学んでこれを身につけていくプロセスを思い浮かべがちである。型を身につけるごとに少しずつ腕前が上がっていき、
この修業をひたすら積んでいくと熟練・名人の域に到達する、というわけである。この考え方の基本は間違っていないと思うが、もう少し段階説をとった方がい
いような気がしてならない。
ひたすらの修業だけで町工場経営において付加価値を生み
出すような技能を身につけることができるのだろうか。町工場のマイスターとか匠と呼ばれる方々にインタビューしてみても必ずしも努力だけの世界ではないよ
うな気がする。スポーツの世界でも真面目に練習を積んだ人間がいつもチャンピオンになるとは限らない。肉体的資質が同じで似たような練習メニューをこなし
ていても表彰台に登る人とメダルには無縁の人に分かれることはよくある。
この分かれ目を決めるのが創造力なのではないだろうか。型を身 につける努力をするだけでなく、ある程度の段階に来たらその型にとらわれずに自由な発想で、身につけた技能を展開していく。こうすることで、企業経営的に 見て、もう一つ次元の高い技能に到達することができるような気がする。いわば、壁をよじ登る努力をしながら、ある段階に来たらより高い山頂に連なる別の壁 に飛び移るのである。技能習得過程のどこかで「飛ぶ」のが高い技能を経営に活かしている人達の共通点のような気がする。そしてこの「飛ぶ」ための一つの手 段として独立創業があると思う。
先日、東京探険隊の見学ツアーで大田区の工場を訪問した時、この感を一層強くした。優工場にも選ばれた Iさんは奥さんと二人で町工場を経営し、特注の2メートル長尺旋盤を駆使してテーパーのついた部品(高層エレベータ用ショックアブソーバ部品や汚水処理場 の攪拌用のシャフトなど)の加工を行うことを得意としている。これ以外の主要設備はボール盤とフライス盤だけで、あとは玄関先にバイトを研磨するためのグ ラインダーがある程度だ。旋盤やバイトだけでなく、特注の特大ノギスや加工部品搬出の出入り口などにまで彼自身の創意工夫が工場内に溢れている。材料は全 て自分持ちで、大手製鋼メーカに特別に注文する。
彼は地元生まれで町工場で修業し38歳で独立した。この間に旋盤の加工技能に関する様 々なノウハウを蓄積しており、ものつくり大学でも講師をしている。ノウハウを自分だけのものせずに学生にも仲間にも惜しげもなく公開している。以前、彼に インタビューした時に、同行した技術士の人が新しい素材の加工データ資料を彼に差し上げたことがあった。彼はそのデータを独り占めにせず、即座に周辺の町 工場仲間にファックスで送った。自分一人の秘密にしようという発想は全くない。後継者のいない彼は、自分の生産ネットワークにいる人達が後継者だと言い切 る。だから、技能や技術に関するデータは皆で共有する。むろん、自分の創造力から生み出される技能を形だけを真似してもそう簡単に自分を追い越すまでには ならないという自負もあろうが、オープンマインドな彼の表情にはものづくりに携わる人全てを仲間と捉える思想がうかがえる。
さらに、彼 は周囲の町工場に見込みのありそうな従業員がいると独立を勧めている。彼の持論は「独立しないと技能は向上しない」というものである。従業員であるうちは よほど強いモチベーションがなければ、どうしても与えられた仕事をこなすだけで終わってしまいがちだ。様々な工夫をしたり新しい技術に挑戦して技能の幅を 拡げる方向に眼がなかなか向かない。人間は設備資金を借金してはじめて真剣に技能向上に取り組むものだと考え、自分の見込んだ人が独立した時には仕事を回 したりもしている。
そんな独立創業組の研磨工場も訪ねた。Iさんの仕事の仕上げ加工は全てここでやっている。Iさんの工場から川沿いを 歩いて15分くらいのところにあるその工場には4名が働いている。工場は2棟あり、1棟では経営者のKさん(53歳)とその子息28歳が円筒研削盤、内面 研削盤、および平面研削盤で作業をしている。もう1棟では30歳代2名が2メートルの長尺の平面研削盤と円筒研削盤を担当している。仕事は典型的な多品種 少量で、最近は液晶製造設備やプラズマディスプレイ製造用金型などの仕事が来ている。納期は極めて短く、設備の横に貼ってあった13日付け注文書には15 日が納期と書いてあった。外で待っているからすぐやってくれというのも多いそうだ。
Kさんは栃木県の農家に生まれ、高校卒業後上京して 大田区の町工場に就職し、円筒研削盤を担当し腕を磨く。この間に夜間の大学にも通い卒業している。大手取引先やIさんに腕を見込まれて昭和60年頃に独立 した。独立してからは円筒研削盤だけでなく、汎用の内面研削盤や平面研削盤も導入し技能の幅を拡げた。自分で経営しないと新しい技能は覚える気はしない よ、と彼も言う。彼の名刺には「すべての精密研磨加工に挑戦」とあり、その意気込みを示してる。
確かに、スポーツにおいても猛練習をし た大学時代には記録が伸びないで、卒業して時間の制約の中で一人で工夫して練習をやるようになってから大幅に伸びることがある。技能を時間をかけて1ミリ ずつ向上させることは、地道な努力で実現するかもしれないが、これを今までとは違う次元にまで飛躍させるには、自分を造り替えるような創造力が必要となる のではないだろうか。その土台は一定期間の修業によって培われた技能であろうが、創造力そのものは「独り立ちする」ことによって現出するものなのかもしれ ない。その意味では、「創業から創造力が生み出される」と言えよう。あるいは、創業を決意した時、すでにその人の創造力は発揮されつつあるのかもしれな い。そして創造力を発揮しているからこそ創業期の辛い試練も我慢できるのだろう。
-勇者は独り立つとき最も強し-(ビクトル・ユーゴー)
この分かれ目を決めるのが創造力なのではないだろうか。型を身 につける努力をするだけでなく、ある程度の段階に来たらその型にとらわれずに自由な発想で、身につけた技能を展開していく。こうすることで、企業経営的に 見て、もう一つ次元の高い技能に到達することができるような気がする。いわば、壁をよじ登る努力をしながら、ある段階に来たらより高い山頂に連なる別の壁 に飛び移るのである。技能習得過程のどこかで「飛ぶ」のが高い技能を経営に活かしている人達の共通点のような気がする。そしてこの「飛ぶ」ための一つの手 段として独立創業があると思う。
先日、東京探険隊の見学ツアーで大田区の工場を訪問した時、この感を一層強くした。優工場にも選ばれた Iさんは奥さんと二人で町工場を経営し、特注の2メートル長尺旋盤を駆使してテーパーのついた部品(高層エレベータ用ショックアブソーバ部品や汚水処理場 の攪拌用のシャフトなど)の加工を行うことを得意としている。これ以外の主要設備はボール盤とフライス盤だけで、あとは玄関先にバイトを研磨するためのグ ラインダーがある程度だ。旋盤やバイトだけでなく、特注の特大ノギスや加工部品搬出の出入り口などにまで彼自身の創意工夫が工場内に溢れている。材料は全 て自分持ちで、大手製鋼メーカに特別に注文する。
彼は地元生まれで町工場で修業し38歳で独立した。この間に旋盤の加工技能に関する様 々なノウハウを蓄積しており、ものつくり大学でも講師をしている。ノウハウを自分だけのものせずに学生にも仲間にも惜しげもなく公開している。以前、彼に インタビューした時に、同行した技術士の人が新しい素材の加工データ資料を彼に差し上げたことがあった。彼はそのデータを独り占めにせず、即座に周辺の町 工場仲間にファックスで送った。自分一人の秘密にしようという発想は全くない。後継者のいない彼は、自分の生産ネットワークにいる人達が後継者だと言い切 る。だから、技能や技術に関するデータは皆で共有する。むろん、自分の創造力から生み出される技能を形だけを真似してもそう簡単に自分を追い越すまでには ならないという自負もあろうが、オープンマインドな彼の表情にはものづくりに携わる人全てを仲間と捉える思想がうかがえる。
さらに、彼 は周囲の町工場に見込みのありそうな従業員がいると独立を勧めている。彼の持論は「独立しないと技能は向上しない」というものである。従業員であるうちは よほど強いモチベーションがなければ、どうしても与えられた仕事をこなすだけで終わってしまいがちだ。様々な工夫をしたり新しい技術に挑戦して技能の幅を 拡げる方向に眼がなかなか向かない。人間は設備資金を借金してはじめて真剣に技能向上に取り組むものだと考え、自分の見込んだ人が独立した時には仕事を回 したりもしている。
そんな独立創業組の研磨工場も訪ねた。Iさんの仕事の仕上げ加工は全てここでやっている。Iさんの工場から川沿いを 歩いて15分くらいのところにあるその工場には4名が働いている。工場は2棟あり、1棟では経営者のKさん(53歳)とその子息28歳が円筒研削盤、内面 研削盤、および平面研削盤で作業をしている。もう1棟では30歳代2名が2メートルの長尺の平面研削盤と円筒研削盤を担当している。仕事は典型的な多品種 少量で、最近は液晶製造設備やプラズマディスプレイ製造用金型などの仕事が来ている。納期は極めて短く、設備の横に貼ってあった13日付け注文書には15 日が納期と書いてあった。外で待っているからすぐやってくれというのも多いそうだ。
Kさんは栃木県の農家に生まれ、高校卒業後上京して 大田区の町工場に就職し、円筒研削盤を担当し腕を磨く。この間に夜間の大学にも通い卒業している。大手取引先やIさんに腕を見込まれて昭和60年頃に独立 した。独立してからは円筒研削盤だけでなく、汎用の内面研削盤や平面研削盤も導入し技能の幅を拡げた。自分で経営しないと新しい技能は覚える気はしない よ、と彼も言う。彼の名刺には「すべての精密研磨加工に挑戦」とあり、その意気込みを示してる。
確かに、スポーツにおいても猛練習をし た大学時代には記録が伸びないで、卒業して時間の制約の中で一人で工夫して練習をやるようになってから大幅に伸びることがある。技能を時間をかけて1ミリ ずつ向上させることは、地道な努力で実現するかもしれないが、これを今までとは違う次元にまで飛躍させるには、自分を造り替えるような創造力が必要となる のではないだろうか。その土台は一定期間の修業によって培われた技能であろうが、創造力そのものは「独り立ちする」ことによって現出するものなのかもしれ ない。その意味では、「創業から創造力が生み出される」と言えよう。あるいは、創業を決意した時、すでにその人の創造力は発揮されつつあるのかもしれな い。そして創造力を発揮しているからこそ創業期の辛い試練も我慢できるのだろう。
-勇者は独り立つとき最も強し-(ビクトル・ユーゴー)