ここ二週間、例年になく忙しくバタバタしておりました。それにしても、我ながら良く働くと自画自賛していたのですが、よーく考えてみると実働より、移動
時間の方が長く、もしかすると寝ている時間が一番長かったりしてと、少し落ち込んでいます。「いろいろなところで、おいしいものが食べられていいねえ」な
んて言われるのですが、その実、車内でコンビニ弁当を食べる回数の方が多いという悲惨な二週間でした・・・
若手経営者は、なにを思う?
若手後継者を集めて、勉強会をしようという集まりにコーディネーターと称して参加しています。ちょうど第一回目が終わったところです。10人程度の後継者を前に、いろいろな経営者が自分の体験や考えを話します。
業種は、様々です。第一回は、大阪のガス器具メーカーの社長。二代目社長として、また、息子さんが後継者としてがんばっていらっしゃる立場として、ホンネで色々話していただきました。ユニークでパワフルな語り口に、参加者は笑いと驚きで一杯でした。
「僕は、なかなかええ経営者で、物わかりのいい親父やと思っているんやけどなあ。色々なことやって、新聞なんかに載るとわざと家のテーブルの上に、角度も 見ながら置とくんやけど、次の日見ても動いてない。家では、だーれも尊敬してくれへん。経営者なんて、さびしいもんや。」参加者は、大爆笑。
しかし、参加者が身を乗り出したのは、事業を後継した時の話。「親父が、にこにこ笑いながら、お前に任すわなんて言うのは、あかんね。そんな会社は潰れ る。後継したかったら、奪い取れるんや。僕もそうやった。」たとえ親子だとしても、それぞれ別人格で、他人だと言い切る山岡社長。「譲ってくれへん。教え てくれへん。そんなことゆうてるようでは、経営者の資格はない。」
ある参加者は、その後の雑談で、「ほんまにねえ、我が親ながら首絞め たろかと思ったことありました」と笑う。「でもねえ、うちは、ほんとに突然、親が亡くなって、30歳で後継することになった。ものすごく大変だったけど、 この間、ある中堅企業の後継者になった友達にあって、自分は恵まれているなあと思った」と言う。その友人は、40歳近くなっても、権限を父親から譲られて いない。重役として個性を発揮しようとしても、様々なしがらみから、動きも取れないと嘆いていたそうだ。「僕は、偶然だけど、30で後継した。その時に、 ああ、あと15年たっても45歳や。なーんや、まだまだ若いやんと、思い切れた。」
もう一つ、参加者からも質問が飛んだのは、従業員 との関係。業績が低迷する中、50歳以上を年俸制にしたという話に、様々な質問が飛んだ。「僕の考えは、はっきりしている。利益が下がれば、それに合わせ て経費を削る。それで赤字になることを防ぐ。単純ですわ。」大切なのは、きっちり説明することと言う。「この間、ある管理職に降格を言い渡したら、辞めま した。しかし、従業員から異議はない。この社員は、いつも工場内をくわえタバコで歩いている。その都度、始末書を書かす。それでも改めない。で、最後は、 始末書の束を前に、降格を言い渡した。」
参加者からも、「機械化、合理化は中小企業でも避けては通れない。年功序列に固執していては、経営して いくのは困難」との意見が相次ぐ。厳しい環境の中で、いかに経営を行っていくが議論となった。「あの親父のために頑張ろうという会社があってもええ。給料 がええからと働くばかりの会社もええやろう。個人も企業も多様性が大切ちゃいますか。ようは、あなたが経営者として、どんな夢を持つかや。」
若手経営者は、なかなかホンネで議論する機会がない。自分の親父に言われると、むかついて仕方がない。そしたら、他人の親父の説教をしてもらおうという趣 旨で開催した第一回目は、なかなか楽しい時間になった。さて、そうしたら同世代の経営者は、どんなことを考えているのだろう。「僕は、経営に地域とか、交 流とかいらないんやないかと思っているんですよねえ」という参加者もいる。さて、次回はどんな話になるだろうか。
と、実は、このメルマガの編集長が次回講師として来ていただく予定になっているのです。どんなお話になるか。楽しみにしています。
今月号は、中村主任研究員が担当しました。
若手経営者は、なにを思う?
若手後継者を集めて、勉強会をしようという集まりにコーディネーターと称して参加しています。ちょうど第一回目が終わったところです。10人程度の後継者を前に、いろいろな経営者が自分の体験や考えを話します。
業種は、様々です。第一回は、大阪のガス器具メーカーの社長。二代目社長として、また、息子さんが後継者としてがんばっていらっしゃる立場として、ホンネで色々話していただきました。ユニークでパワフルな語り口に、参加者は笑いと驚きで一杯でした。
「僕は、なかなかええ経営者で、物わかりのいい親父やと思っているんやけどなあ。色々なことやって、新聞なんかに載るとわざと家のテーブルの上に、角度も 見ながら置とくんやけど、次の日見ても動いてない。家では、だーれも尊敬してくれへん。経営者なんて、さびしいもんや。」参加者は、大爆笑。
しかし、参加者が身を乗り出したのは、事業を後継した時の話。「親父が、にこにこ笑いながら、お前に任すわなんて言うのは、あかんね。そんな会社は潰れ る。後継したかったら、奪い取れるんや。僕もそうやった。」たとえ親子だとしても、それぞれ別人格で、他人だと言い切る山岡社長。「譲ってくれへん。教え てくれへん。そんなことゆうてるようでは、経営者の資格はない。」
ある参加者は、その後の雑談で、「ほんまにねえ、我が親ながら首絞め たろかと思ったことありました」と笑う。「でもねえ、うちは、ほんとに突然、親が亡くなって、30歳で後継することになった。ものすごく大変だったけど、 この間、ある中堅企業の後継者になった友達にあって、自分は恵まれているなあと思った」と言う。その友人は、40歳近くなっても、権限を父親から譲られて いない。重役として個性を発揮しようとしても、様々なしがらみから、動きも取れないと嘆いていたそうだ。「僕は、偶然だけど、30で後継した。その時に、 ああ、あと15年たっても45歳や。なーんや、まだまだ若いやんと、思い切れた。」
もう一つ、参加者からも質問が飛んだのは、従業員 との関係。業績が低迷する中、50歳以上を年俸制にしたという話に、様々な質問が飛んだ。「僕の考えは、はっきりしている。利益が下がれば、それに合わせ て経費を削る。それで赤字になることを防ぐ。単純ですわ。」大切なのは、きっちり説明することと言う。「この間、ある管理職に降格を言い渡したら、辞めま した。しかし、従業員から異議はない。この社員は、いつも工場内をくわえタバコで歩いている。その都度、始末書を書かす。それでも改めない。で、最後は、 始末書の束を前に、降格を言い渡した。」
参加者からも、「機械化、合理化は中小企業でも避けては通れない。年功序列に固執していては、経営して いくのは困難」との意見が相次ぐ。厳しい環境の中で、いかに経営を行っていくが議論となった。「あの親父のために頑張ろうという会社があってもええ。給料 がええからと働くばかりの会社もええやろう。個人も企業も多様性が大切ちゃいますか。ようは、あなたが経営者として、どんな夢を持つかや。」
若手経営者は、なかなかホンネで議論する機会がない。自分の親父に言われると、むかついて仕方がない。そしたら、他人の親父の説教をしてもらおうという趣 旨で開催した第一回目は、なかなか楽しい時間になった。さて、そうしたら同世代の経営者は、どんなことを考えているのだろう。「僕は、経営に地域とか、交 流とかいらないんやないかと思っているんですよねえ」という参加者もいる。さて、次回はどんな話になるだろうか。
と、実は、このメルマガの編集長が次回講師として来ていただく予定になっているのです。どんなお話になるか。楽しみにしています。
今月号は、中村主任研究員が担当しました。