9月7日に放映されたNHK教育テレビ「21世紀ビジネス塾」では「再生のカギは工業高校にあり~企業城下町、自立への戦略~」と題して企業城下町と工業高校の連携を取り上げた。その内容は以下の通りである。
「大 手企業が海外へ生産移転を進める中、日本の地域経済は崩壊寸前である。これまでの大企業頼みの「企業城下町型」からの脱却が、地域産業復活のカギとなって いる。そんな中、地域経済再生のキーワードを「人材」と捉え、新たな取り組みをはじめている自治体がある。人口3万3千人の山形県・長井市。企業城下町と して栄えてきた同市は、7年前大手電機メーカーの系列会社撤退が表面化したことをきっかけに「人材こそ資産」と考え、地元の工業高校の人材育成に乗り出し た。市と地元企業の団体が協力して毎年100万円近くを援助し、最新設備を導入。技能検定士試験の合格者を輩出し、技術力を高めている。また、この技術を 持った人材を求めて、東京から企業が進出する動きも見られはじめている。」(NHK教育テレビHPより引用)

 この番組の取材のために、 8月22日に長井市を訪問した。統廃合の危機を地域社会の力で乗り越えてきた新築校舎には「長工生よ地域を潤す源流となれ!」の垂れ幕がかかっていた。ま だ夏休み期間中ではあったが、技能検定3級を受けるために生徒達6名が練習中であった。一日5~6時間は練習するという。1名がフライス、5名が旋盤に張 り付き、菊地先生(61歳)の訥々とした山形弁による指導を受けていた。段取り、加工、計測、整理整頓にいたるまでかなり丁寧な指導をされているように見 受けた。やはりしっかりした指導のできる先生がいないと技能検定合格者を何人も輩出することは不可能だろう。生徒達の信頼も厚い。われわれが大学の講義で 浴びるのとは段違いの真剣な視線が先生に注がれていた。

 撮影も行われていたので、生徒達は皆緊張した様子で黙々と作業をしていた。先の ものづくりコンテストでは堅くなっていた土屋君がここでは一番余裕があるように見えたのは面白かった。やはり場慣れというのは大事かもしれない。撮影の緊 張感を差し引いても皆真面目そうである。撮影が終わって作業が一段落した時、普通の高校生の表情に戻ったが、それでも派手なところはない。記念写真を撮ら せてもらったがおどけたポーズをとった子は一人だけだった。

 ついでに校内も見学した。グランドでは野球部が、市有グランドではサッカー 部と陸上競技部が、体育館ではバスケット部が練習中であった。ごく少数の茶髪気味の子も含めて、すれ違った生徒は皆きちんと挨拶する。地域社会を意識する 心が彼らにもあるのかもしれない。それもそうだろう。高校のすぐ近くを走るフラワー長井線の新駅設置を地元企業や市民の協力で行い、生徒達の手で待合室を 建設したほどなのだから。

 高校を後にして向かったのは、(株)能率機械製作所長井工場。江戸川区に本社があり、(超)精密加工用機械プ レスの製作ではトップクラスの中小企業だ。こちらでは機械加工がメインで、長井工業高校OBが課長代理以下10名ほど働いている。入社4年目の若者が一番 奥のMCで頑張っていた。高校時代に使っていた工作機械とは桁違いの最新鋭機器だが、段取りや計測を丁寧に真剣に行うという精神は今見てきた生徒達の延長 線上にあるような気がした。やはり工業高校で身につけさせるべきものは、ものづくりの精神なのかもしれない。その意味では、現在多くの高校でなされている 受験生を増やす目的だけの皮相的な、時代迎合的な学科改編は何の意味もなさないのではないだろうか。むしろやる気ある教員の意欲をそぐことになるかもしれ ない。

 工業高校をコアに地域の産業振興を、という発想は当初地元の企業から出てきたものだという。この発想を施策につなげていったのが 市役所の何人かのメンバーであった。そして長井工業高校にも菊地先生をはじめとする指導力と情熱のある先生がいたことがこの発想の実現につながっていった のだと思う。

 いわゆる企業城下町は「特定少数(あるいは単数)の親企業からの受注に強く依存する中小企業が集積を形成している」という ハード面(取引面)の特徴を持つが、ソフト面(精神面)でも共通の特徴を持っている。すなわち「親企業への依頼心が中小企業、地方自治体、市民、ひいては 地域社会全体で強い。城下町全体が親企業中心の文化を形成していてなかなか外に出ようとしない」というものである。

 他方で、親企業が存 在した期間が長いほど、地元企業が(一定方向にではあるが)技術力を身につけているケースも多い。さらに、親企業がなんども経営不振に陥った城下町ほど地 元企業の自立心が育っている。花巻市などはその好例であろう。長井市も、戦前の東芝、戦後のマルコン電子とその歴史は長い。一般に、親企業として電機や精 密機械産業が長年君臨していた城下町には、機械加工、金型、プラスチック成形、自動機製作など、多様な展開が可能な中小企業が少数ながらも存在する。長井 市の場合もこれに近いところがあり、産業振興のコアになっているのはこのようなタイプと近年進出してきた中小・中堅企業である。

 企業城 下町にせよ、産業集積にせよ、これを形成しているのは企業であり、この企業を形成しているのは「人」である。産業や企業経営の方向転換をする場合に本質的 に重要なことは「各人がどう気持ちを切り替えて、自分を作り直していくか」だと思う。長井市の場合も、親企業が衰退し、工業高校も統廃合の危機に立たされ て、地域社会全体の気持ちが切り替わっていったのだと思う。危機感をいち早く持ったのはいくつかの中小企業だ。そして、自治体のキーマンがこれを工業高校 や他企業につなげていく。こうして「気持ち」は地域社会全体に伝わり、「気運」へと盛り上がっていったのではないだろうか。校舎の垂れ幕の言葉はこの気運 の象徴である。

 地域の中小企業が中心になって工業高校をもり立てていく。この「気持ち」は伝わるものだ。自分の靴紐を引っ張って自分を 持ち上げようとしても無理だが、持ち上げようという気持ちが大事で、頑張って力を出しているうちに筋力がついてくる(これ本当。アイソメトリック・トレー ニングという)。地域社会の中だけで経済を活性化させようとすることはなかなか難しいが、何かをもり立てようと力を入れていれば、気持ちが盛り上がってく る。この「気持ち」が地域社会全体に伝わっていけば、自力での地域経済活性化も夢ではない。

 人口2~3万人都市の場合、地元企業を中心 に「志」と「知恵」と「行動力」のある人が10人いれば、気持ちを切り替え気運を盛り上げることは大都市よりも容易であろう。そうなれば産業の転換も可能 だ。その時にまず第一に必要なのは「金」ではなく「人材」である。地方中小都市の最大の資源は「人」に尽きる。これを「人材」にするための第一歩は教育で ある。その意味で工業高校の役割は大きい。税収の少ない小都市、資本に乏しい小企業にこそ活路はある。