「君は新宿で外人に道を尋ねるか?」30年前、恩師にこう聞かれた。ニューヨークあたりに行くと、われわれ日本人でもアメリカ人とおぼしき人に道を聞か
れることがある。国際化した都市とはこういうものである。日本人は「内」と「外」を峻別し、内の事は外の人には分からないと思っている、というのが話の主
旨であった。国際化したと言われる今日でも、田舎の人が六本木で外国人に道を聞くことはあまりないだろう。
ワールドカップで合宿した外国チームに対する過剰とも思
われる歓迎ぶりは、何十年を経ても変わることのないわれわれの習性を思い知らされたような気がする。正規のルートで外から来た人は「内を知らないお客様」
としてもてなす。ホームステイを受け入れる場合でもなかなか自然体では対応できない。どうしても必要以上に歓待してしまう。一方で、不法入国者を厚くもて
なしたという話は聞かない。
「大企業や官庁で出世するための原則を知っているか?」こうも聞かれた。答えは「最も大切な時には発言をせ ず、どうしても言わなければならない時は、平生から上役が何を考えているかを調べておき、これと同じ主旨のことを言うことだ。」要するに日本の社会では自 分で判断せずに、強いものを見つけ、その人に判断を委ねる、という考え方が支配的だ、というわけである。このようなやり方で国内的に出世した人が海外に行 くと、全く交渉力を持つことが出来ない。自分の意見を持つことが出来ないからである。先日起きた瀋陽の総領事館内連行事件の顛末においても、いつまでも変 わらないわれわれの本性を見せつけられたような気がした。内では強いものを見つけてそれに全てを委ねていれば済むが、国際場裏では全て自己責任での決済を 迫られる。こうなるとわれわれはどうも弱い。
わが国の大企業は株の法人持ち合いをベースにした法人資本主義だと言われてきた。この主義 のもとでは「会社が全て」という「内の論理」に基づいた生き方をほぼ自動的に強いられる。バブル崩壊以降、持ち合い状況の変化はあっても、そこに働く人達 の本質はあまり変わらないようだ。とりわけ国内的に出世する原理にのっとってトップになった人達には自分の意見を持つことの出来ない「顔の見えない」経営 者が多い。
もうひとつ例を挙げよう。何年か前、ある政府の審議会で実際に経験した話である。事務局が一つ目の資料説明を終えて委員達に 意見を求めた途端、「ハイ!」と威勢良く手を挙げた某知識産業大手の社長がメモを見ながら意見を開陳し始めた。30秒も経たないうちに、座が固まった。座 長のTさん(当時某最大手メーカーの会長)があわてて「Nさん、それは次の議題ですよ!」と小声で注意した。彼は秘書が書いてきた意見メモの順番を読み違 えたのである。議論の中味が理解出来ていればこんな芸当は出来ない。大銀行の副頭取も経験した人がこの程度の知的レベルであるのが法人資本主義をむねとす る大企業の特質かもしれない。この会社、バブル期には業容を拡大し米国、英国、中国に支社を設けたが、現在は規模縮小した米国以外は全て撤退している。
「いつ帰してもらえますか?」これが大企業で海外転勤を命ぜられた人達の本音であろう。目はいつも本国・本社を向いている。これも「内の論理」中心のなせ るわざである。このような発想で海外進出・海外投資がうまく行くかどうか疑問である。戦前の満州進出でも状況はあまり変わらなかったようだ。偉い人達は皆 腰掛けで行っているだけだったという。だから満州統治がうまくいくはずもなかった。まじめな人は、やればやるほと下積み期間が長くなり出世しない。本国に 顔を向けて腰掛けで来た人達だけが出世していったようだ。在外資産は軍事力だけでは守れない、という教訓を満州統治は残したのではないかと思う。
先日、こういう事件が起きた。国内の某大手電機メーカーが町工場に金型の製造を委託した。完成した金型を受け取る際、このメーカから「保守管理に必要」 と、金型設計図の提出を要求された。町工場がこれに従ったところ、図面は中国に持ち込まれ、現地の会社に金型をコピーされでしまった。大田区内の中小企業 がこれはおかしいと訴えて、経済産業省が行政指導に乗り出すことになったという。
この事件はいくつかの点で上述の話と関連している。一 つは大手企業側の担当者の論理。彼にしてみれば「会社が人生」の原理で動く法人資本主義企業での出世の論理に忠実に従ったまでである。もう一つは親と下請 の関係という内でしか通用しない論理を外との関係に悪用したということ。逆に中国や米国の企業に試作させた金型図面を国内の下請に渡して安く生産させたと したらどういう問題が起きるかを考えれば事態の深刻さは理解できるだろう。内と外をうまく使い分けたつもりかもしれないがそうはいかない。
この事件以外にも、今年は中国がらみの話をよく聞く。この春には中国進出の成功例のように言われていた鋳造関係の中小企業が民事再生手続開始を申し立て た。また、最近では中国から輸入されたダイエット食品被害の問題がクローズアップされている。事の真相は不明だが、言えることは、近くにあり歴史的つなが りの深い国でも「外は外」なのである。外と対峙する時は内だけで通用する論理はあまり役に立たない、ということであろう。そこには自分の判断と自己責任と いう自律性が強く要求される。「内の論理」、しかもその中でも国家的庇護のもとの特殊な論理に守られて行動してきたわが国の大銀行と大手ゼネコンが海外展 開でことごとく躓いているのをみてもこの点は明らかであろう。
内と外を分けるのが極東の島国に育ったわれわれの習性ならば、「内の概 念」そのものが小さい生業タイプの中小企業の方が本質的には国際化に向いているかもしれない。「わが社では」と胸をはる法人資本主義どっぷりの大企業で は、真の国際化は難しい。株主は社外にもたくさんいるはずなのだから「わが社」では経営責任は果たせない。国際化に関しては大企業でも経営者の顔が見える 会社の方がうまくいっているように思う。
「わが社のために」とか「わが国のために」というよりは「自分と家族のために」の方が世界共通 概念ではないだろうか。軍事覇権を背景とするアメリカ流のグローバル資本主義や地縁血縁をベースにした華僑資本主義に対抗するには法人資本主義では脆弱な 気がする。ひょっとすると生業資本主義の方が頑健性があるかもしれない。
そうは言っても中小企業の海外進出失敗例も多い。自律性を持っ て行動するということとそれが正しい判断であるかは全く別だからである。とりわけ「内の論理」の拘束から抜けきっていない場合はトラブルに巻き込まれるこ とも多い。「内の論理」の中でも強くわれわれの潜在意識にあるのは「国家をあてにする」ということかもしれない。過去100年間の歴史が教えてくれること は、海外に投下した資本や資産を守るためには、自国であっても相手国であっても、国家というものをあまりあてにしない方がいい、ということではないか。マ イクロソフトを無条件に信用しすぎてウィルスにやられてしまうようなものである。われわれもそろそろ「賽の河原で石を積む」ような海外投資は考え直す必要 があろう。
いずれにしても中小企業が国際化を意識し、海外展開を考える場合、経営者自身がどれだけ「内の論理」の拘束に囚われているか を自省し、自己変革していく必要があろう。その時に最も重要なことは、問題を相対化する能力なのではないかと思う。すなわち、世界の中での日本の位置づけ を相対的に行い、外国との共通点を見いだしつつも「世界はひとつひとつ」ということを身をもって認識するしかない。
最後に恩師の話をも う一つ。「ザイールとウガンダの国境近くをセムリキという大きな川が流れている。スタンレーがこれを発見した時、地元民に川の名前を聞いたら「セムリキ」 という答えが返ってきたのでこの名が付いた。現地語で「私は知らない」という意味だ。思考の行動半径の狭い人は、そこにおける最も大きい山や川には固有名 詞を付けないものだ。ナイルも「川」という意味だ。物事を世界全体の中で相対的に位置づける必要がない場合はこれで済んでしまう。」
「大企業や官庁で出世するための原則を知っているか?」こうも聞かれた。答えは「最も大切な時には発言をせ ず、どうしても言わなければならない時は、平生から上役が何を考えているかを調べておき、これと同じ主旨のことを言うことだ。」要するに日本の社会では自 分で判断せずに、強いものを見つけ、その人に判断を委ねる、という考え方が支配的だ、というわけである。このようなやり方で国内的に出世した人が海外に行 くと、全く交渉力を持つことが出来ない。自分の意見を持つことが出来ないからである。先日起きた瀋陽の総領事館内連行事件の顛末においても、いつまでも変 わらないわれわれの本性を見せつけられたような気がした。内では強いものを見つけてそれに全てを委ねていれば済むが、国際場裏では全て自己責任での決済を 迫られる。こうなるとわれわれはどうも弱い。
わが国の大企業は株の法人持ち合いをベースにした法人資本主義だと言われてきた。この主義 のもとでは「会社が全て」という「内の論理」に基づいた生き方をほぼ自動的に強いられる。バブル崩壊以降、持ち合い状況の変化はあっても、そこに働く人達 の本質はあまり変わらないようだ。とりわけ国内的に出世する原理にのっとってトップになった人達には自分の意見を持つことの出来ない「顔の見えない」経営 者が多い。
もうひとつ例を挙げよう。何年か前、ある政府の審議会で実際に経験した話である。事務局が一つ目の資料説明を終えて委員達に 意見を求めた途端、「ハイ!」と威勢良く手を挙げた某知識産業大手の社長がメモを見ながら意見を開陳し始めた。30秒も経たないうちに、座が固まった。座 長のTさん(当時某最大手メーカーの会長)があわてて「Nさん、それは次の議題ですよ!」と小声で注意した。彼は秘書が書いてきた意見メモの順番を読み違 えたのである。議論の中味が理解出来ていればこんな芸当は出来ない。大銀行の副頭取も経験した人がこの程度の知的レベルであるのが法人資本主義をむねとす る大企業の特質かもしれない。この会社、バブル期には業容を拡大し米国、英国、中国に支社を設けたが、現在は規模縮小した米国以外は全て撤退している。
「いつ帰してもらえますか?」これが大企業で海外転勤を命ぜられた人達の本音であろう。目はいつも本国・本社を向いている。これも「内の論理」中心のなせ るわざである。このような発想で海外進出・海外投資がうまく行くかどうか疑問である。戦前の満州進出でも状況はあまり変わらなかったようだ。偉い人達は皆 腰掛けで行っているだけだったという。だから満州統治がうまくいくはずもなかった。まじめな人は、やればやるほと下積み期間が長くなり出世しない。本国に 顔を向けて腰掛けで来た人達だけが出世していったようだ。在外資産は軍事力だけでは守れない、という教訓を満州統治は残したのではないかと思う。
先日、こういう事件が起きた。国内の某大手電機メーカーが町工場に金型の製造を委託した。完成した金型を受け取る際、このメーカから「保守管理に必要」 と、金型設計図の提出を要求された。町工場がこれに従ったところ、図面は中国に持ち込まれ、現地の会社に金型をコピーされでしまった。大田区内の中小企業 がこれはおかしいと訴えて、経済産業省が行政指導に乗り出すことになったという。
この事件はいくつかの点で上述の話と関連している。一 つは大手企業側の担当者の論理。彼にしてみれば「会社が人生」の原理で動く法人資本主義企業での出世の論理に忠実に従ったまでである。もう一つは親と下請 の関係という内でしか通用しない論理を外との関係に悪用したということ。逆に中国や米国の企業に試作させた金型図面を国内の下請に渡して安く生産させたと したらどういう問題が起きるかを考えれば事態の深刻さは理解できるだろう。内と外をうまく使い分けたつもりかもしれないがそうはいかない。
この事件以外にも、今年は中国がらみの話をよく聞く。この春には中国進出の成功例のように言われていた鋳造関係の中小企業が民事再生手続開始を申し立て た。また、最近では中国から輸入されたダイエット食品被害の問題がクローズアップされている。事の真相は不明だが、言えることは、近くにあり歴史的つなが りの深い国でも「外は外」なのである。外と対峙する時は内だけで通用する論理はあまり役に立たない、ということであろう。そこには自分の判断と自己責任と いう自律性が強く要求される。「内の論理」、しかもその中でも国家的庇護のもとの特殊な論理に守られて行動してきたわが国の大銀行と大手ゼネコンが海外展 開でことごとく躓いているのをみてもこの点は明らかであろう。
内と外を分けるのが極東の島国に育ったわれわれの習性ならば、「内の概 念」そのものが小さい生業タイプの中小企業の方が本質的には国際化に向いているかもしれない。「わが社では」と胸をはる法人資本主義どっぷりの大企業で は、真の国際化は難しい。株主は社外にもたくさんいるはずなのだから「わが社」では経営責任は果たせない。国際化に関しては大企業でも経営者の顔が見える 会社の方がうまくいっているように思う。
「わが社のために」とか「わが国のために」というよりは「自分と家族のために」の方が世界共通 概念ではないだろうか。軍事覇権を背景とするアメリカ流のグローバル資本主義や地縁血縁をベースにした華僑資本主義に対抗するには法人資本主義では脆弱な 気がする。ひょっとすると生業資本主義の方が頑健性があるかもしれない。
そうは言っても中小企業の海外進出失敗例も多い。自律性を持っ て行動するということとそれが正しい判断であるかは全く別だからである。とりわけ「内の論理」の拘束から抜けきっていない場合はトラブルに巻き込まれるこ とも多い。「内の論理」の中でも強くわれわれの潜在意識にあるのは「国家をあてにする」ということかもしれない。過去100年間の歴史が教えてくれること は、海外に投下した資本や資産を守るためには、自国であっても相手国であっても、国家というものをあまりあてにしない方がいい、ということではないか。マ イクロソフトを無条件に信用しすぎてウィルスにやられてしまうようなものである。われわれもそろそろ「賽の河原で石を積む」ような海外投資は考え直す必要 があろう。
いずれにしても中小企業が国際化を意識し、海外展開を考える場合、経営者自身がどれだけ「内の論理」の拘束に囚われているか を自省し、自己変革していく必要があろう。その時に最も重要なことは、問題を相対化する能力なのではないかと思う。すなわち、世界の中での日本の位置づけ を相対的に行い、外国との共通点を見いだしつつも「世界はひとつひとつ」ということを身をもって認識するしかない。
最後に恩師の話をも う一つ。「ザイールとウガンダの国境近くをセムリキという大きな川が流れている。スタンレーがこれを発見した時、地元民に川の名前を聞いたら「セムリキ」 という答えが返ってきたのでこの名が付いた。現地語で「私は知らない」という意味だ。思考の行動半径の狭い人は、そこにおける最も大きい山や川には固有名 詞を付けないものだ。ナイルも「川」という意味だ。物事を世界全体の中で相対的に位置づける必要がない場合はこれで済んでしまう。」