今年3月15日に日立地区産業支援センターで「花巻市・日立市元気中小企業懇談会」が開かれた。花巻市次世代経営者研修ツアーの一環でもある。花巻工業 クラブの福島事務局長率いる若手経営者など計14名が参加した。日立市からは、産業支援センター長以下、若手経営者30名ほどが参加した。
 花巻市側からは「ISO9000シリーズの認証取得時の ポイントと効果」(福島氏)および「横のネットワークによる受注戦略の展開」((株)石神製作所、阿部氏)が、日立市側からは「異業種で新規ビジネスへの 船出」((株)大貫工業所、大貫氏他)および「新規顧客獲得事例とその戦略」((株)カドワキ、門脇氏)が事例報告された。真剣な討議の後、夕方から場所 を市内ホテルに移して懇親会が行われた。このような交流会の常として、時間を追うごとに交流の場は盛り上がっていく。二次会に突入する頃には「十年の知 己」状態である。カラオケの上手な人も多い。翌日は二日酔いの暇もなく花巻市のメンバーによる日立市の企業見学が行われた。

 思えば、こ の交流の出発点は「もの国」であった。2000年10月30日2時、貸切バスで、産業支援センターの小山氏と松尾氏が若手経営者グループ「未来塾」のメン バー8名ほどが高津区下野毛を訪問した。今野さんや上田さんに対応していただいて、彼らの工場やオリエント精機、佐々木工機などを見学し、懇談会を行った (田中のぞみさんも参加)。典型的な多品種少量生産の「もの国」と今なお一社依存度の高い量産タイプの日立中小企業の相違が興味深かった。ある工場のNC タレパンの稼働率の低さに日立のメンバーはカルチャーショックを受けた様子だった。

 この交流をきっかけに同センターでは各地の中小企業 グループと交流していく。2001年には大田区の若手後継者グループBBC(会長は生田精密研磨(株)、生田氏)との交流も行われ、さらに11月8日に は、貸切バスで北上・花巻地区の企業視察ツアーを敢行した。メンバーは水木電機工業(株)の佐藤氏以下17名ほどの若手経営者等と同センターの方達であ る。

 早朝からの長旅の中、車内ではひたすら研修ビデオで勉強させられて北上に到着した。休む間もなく、パンチ工業(株)北上工場と (株)エヅリコエンジニアリングを見学。そして夕方には花巻へ行き、市内ホテルで交流会。花巻側からは 17名ほどの若手経営者等が出席した。懇談では、花巻の方がISO取得企業は圧倒的に多く、同市では共同で取得している、という福島氏の言葉に耳を傾ける 日立の人達も多かった。また、上記阿部氏の生産ネットワークで1200名の企業規模にという構想も興味深かった。日立市の面々がここで受けた刺激がその後 の交流にもつながっていく。

 立食での懇談会を終えた一行は、宿泊先の南花巻温泉峡のひなびた湯治場に行く。川沿いの露天風呂につかってから、日立の企業同士で宴会だ。同じ地区同士での交流が深まるのもこのような催しのよいところである。

  翌朝、8時過ぎには宿を出て、昨日交流した花巻の中小企業を見学。まず8時半から(株)石神製作所。プレハブの「バラック」的な工場でISO9002を取 得したところだ。10時過ぎからは和同産業(株)。農業機械や除雪機で地域一番中小企業である。この2社の後継者達は今回の日立市訪問のメンバーでもあ る。さらに昼には花巻市起業化支援センターを訪問する。ここのベンチャー企業2社(中村氏他)も日立市訪問に参加した。こうして「次は花巻から日立へ」と いう種を蒔いて北上花巻ツアーは終了したのである。

 今日、多くの若手経営者達は孤独感と焦燥感の中で格闘している。経営の実権はなかな か譲ってもらえない。社員の多くは先代の子飼い。イニシアティブも現場の共感もなかなか獲得できないのが現状であろう。このような状況の中でも何とかオリ ジナリティを打ち出している経営者もいる。バイタリティのある人もいる。交流の現場に顔を出すのはこのようなタイプが多い。交流の中から生まれるものが何 であるかを実証することは難しい。しかし次第にうち解けていく中で、「お前もそうか」という共感と「そんなことやってるの、凄いな」という驚きが生まれて くれば、お互いが貴重な何かを自社に持ち帰ることになるのだと思う。共感は勇気を与え、驚きは奮起を促すのかもしれない。

 このような、 日立→もの国、日立→大田、日立→花巻、花巻→日立、といった企業間交流が持続的に連鎖していくためには、それぞれの地域自治体などでコーディネータ的な 役割を果たす人が必要となる。地元企業のことを実感をもって語ることができる人。ちょっとした思いつきでも直観的によいと思ったら行動に移すことのできる 人。地元に愛着のある人。そしてなによりも心意気のある人。日立にも、川崎にも、大田区にも、花巻にもこのような人材が存在する。中には中小企業政策の熟 練工ともいうべき人もいる。

 問題はこのような人達が早々に人事異動で全く関係のない部署に配属されてしまうことがあるということだ。現 在の自治体の人事システムの中では、中小企業政策のプロは全くの偶然でしか生まれてこない。スペシャリストよりもジェネラリストを上位におく官僚システム の弊害だと思う。

 一方、このような弊害を少しでも緩和する可能性のある組織も台頭してきた。平成8年に設立された「産業のまちネット ワーク推進協議会」略称「産まち」)だ。東日本および北陸の産業集積22都市が参加し、自治体産業政策担当者をメンバーに経験交流や共同研究に取り組んで いる。彼らが牽引車になって様々な産業集積の特徴を活かした企業の地域間ネットワークを構築しようとしている。この「産まち」がしっかり機能してくれば、 中小企業政策担当者の経験やノウハウを途切れなく継承していくことが可能になるかもしれない。

 今、まさに人事異動の季節。何人の有能な職員が中小企業政策の現場に残ることができたろうか?・・・とため息をついていたら、3月27日朝、何通かメールが入っていた。

「本日、人事異動の内示がありました。御陰様で係長になりました」・・・こういうのは嬉しい。

「人事異動の件ですが、異動はありませんでした。但し、仕事の内容は融資になりそうです。でもHさんが異動です。国保年金課になりました」・・・半分嬉しく半分悲しい。

「このたび異動が決まり、4月からまちづくり課に勤務することになりました」・・・残念ではあるが本人のキャリア形成にはいいのかな。

 石原さん、西野さん、北本さん、飯村さん、阿部さん、樫村さん、小林さん、高橋さん(該当二名ほど)・・・聞いてますかぁ?