9月の夕方、いつもの銭湯が閉まっていた。おかみさんが急死したとのこと。ほんの数日前まで元気だったのに。57歳、心筋梗塞だそうだ。ご主人と子息 (30歳少し前)の3人で週6日働き、まとめて休めるのは正月休みだけだった。風呂桶を片付け、着替え場でせわしなく掃除機をかけていた小太りの姿が眼に 浮かぶ。銭湯のビルはマンション、コインランドリーも何箇所かやっているので、裕福そうではあったが、遊ぶ暇もなく身を粉にして働いていたようだ。「こん な仕事だから息子に嫁が来ないのよ」とも言っていた。
 おかみさんが亡くなってから5日後、銭湯は再開した。嫁に行った娘さんが番台に座っていた。着替え場では息子さんがてきぱきと掃除機をかけていた(彼は 入浴の所作もカラスより速い。職業意識のなせるワザだ)。聞くと、本当に突然のことだったそうで、お父さんはまだ番台に立つ気力が出ないそうだ。まさに家 族の一大事を一家総出で乗り切っているという感じだった。この仕事も生業の一典型だと思う。

  お悔やみを言ってから風呂に入ると、常連のおじさんがいた。彼は知らなかったみたいで、教えるととても悲しそうな顔をした。このおじさんと話をするように なったのはここの小さなスチームサウナの中だ。2人腰掛けると満席で、もう1人が立ってやっと入ることができる大きさ。サウナは別料金の銭湯が多い中、こ こは400円の入浴料金に含まれているからとてもおとくだ。

 「にいさん、いい体してるね。仕事何やってるの?」と聞かれたのがきっかけ である。この赤ら顔のおじさん、60歳前後、小柄だががっちりした体つきで、船村徹(=歌謡曲の作曲家)のような朴訥なしゃべり方だ。危ない方面の人では なさそうなので、しばらく話をしていたら、近くの食肉センターの従業員で、日曜にここを利用しているという。「昔は枝肉を部分肉に加工したりしていたが、 今は営業の仕事ばかりだよ。仕事がある日は遅いのでなかなか来れないね」という。「日曜日はゴルフの打ちっぱなしでガンガン打って、帰りにここで汗を流す んだ」と元気がよい。サウナでは小生の倍くらいの時間は粘っている。

 最近話をするようになったおじさんがもう1人いる。69歳で少し耳 は遠いが豆タンクのような体をしている。かすれ気味の声が分厚い胴体から出てくる。この人、近くにあるもう一つの銭湯でも時々見かける。「60歳を越すと ね、区から無料入浴証が貰えるんだよ。これで月4回入れる。で、知り合いからもう一つ貰って、これを別の銭湯で使うのさ。合計8回ただで入れる。女の名前 が書いてあるやつはさすがに使えないけどね。水道工事やっているから毎日泥だらけ。銭湯でさっぱりしないとやってらんないよ」。見ると、太く短い人差し指 の爪が青黒く膨れている。「今年の初めに指詰めちゃってね。病院に行くと仕事休まなきゃならないから、ほっといたらこんなになっちゃった。でも下からもう 一枚爪がはえてきているみたい」とうれしそうに見せてくれる。うぅむ、頑丈だ。

 結局、生業の人達は皆身体を駆使して「まっとうに働いている」。いざという時に頼りになるのは自分の「からだ」と家族だ。一日「からだ」をフル稼働させれば、銭湯で汗も流したくなる。というか、真っ先に銭湯につかる資格のあるのは彼らだといっても過言ではあるまい。

  彼らを見ていると、最近しきりに煽られるようになった学生ベンチャーが薄っぺらなものに思えてくる。気の利いたアイディアをビッグビジネスにつなげること のできる人はごく稀である。普通の学生にはまず「真面目に、まっとうに働け」と言いたい。正業について、汗水流して働き、何らかの腕を磨き、自己資金を貯 めてから、はじめて創業の出発点に立つことができる。バイト感覚で、逃げ場を作って働いていても身につくものは少ない。

 帰り際に、番台で子息と話をした。毎日いろいろなハーブ湯を工夫してくれるのは彼である。「後継ぐんだろ?」と聞くと「はい、23歳の時から継ぐと決心してやっています」と真正面を見て答えてくれた。