もの国総合研究所マンスリーレポート 第12号 ■ 田中のぞみ
「つれづれもの草子」第6回「ものづくりを脅かすもの」
秋本番。東京の空も、ここのところは「こんな日に働くのは罪だ」と心底思うほど見事な青空続きです。オフィス近くの日比谷公園や沿道の大通りの木々も色づ き、風が運んでくるイチョウの実の香に「お、におうな」と、足を止める今日この頃です。この、霞ヶ関から国会議事堂へと伸びる国会通りは、外国からの国・ 公賓が来日すると、道沿いの街路灯に来賓国の国旗と日の丸が掲げられます。秋の抜けるような青空に2カ国の国旗が並ぶ様はちょっと壮観です。
この2色旗、実はその留め金具(バナー金具)の製造から街路灯への設置・とりはずしまでを社員10人ほどの小さな会社、千葉県習志野市の(有)金野製作 所ですべて取りしきっています。国賓の歓迎なんてまず都内でしかありませんから、この分野ではシェアナンバー1。ほぼ独占状態だとか。多少ばらつきはあり ますが、平均すると月に1度は必ず来訪者があるそうなので、けっこうコンスタントなビジネスにもなるそうです。
けれども、最初は「えっ」の連続だったとか。一番まいったのは「東京の電柱は規格がバラバラだった」ことだそうです。「この仕事を受注した最初の年は、東 京の街路灯の地上4.5メートルの太さを計って歩きましたよ」とは、金野社長の弁。地上4.5メートルというのは、発注元である外務省が「その高さが走る 車からだと一番よく見える」ということで指定している高さです。仕様書にはその4.5メートルの地点の電柱の径も指定してあります。ところが、その指定通 りに試作を終えて予行練習に行ったら、金具のサイズの合わない電柱続出。来訪までの時間はほとんど残されていない中、急遽、工場へ戻り、金具の一部を切 断、金属バンドで調節が利く仕組みに自主的に仕様変更。何とか事なきを得たそうです。実は、電柱の径というのは、つくられた年代やメーカーによって規格の ばらつきがけっこう大きいのだとか。「われわれの世界では、公差の許容範囲は百分、千分が当たり前でしょ。面食らいましたよね」。
それから、地 上4.5メートルというのは、意外と風が強い。まして、国会通りや桜田通りはビル風が吹きます。しかも、掲げる国旗は卓球台の半分以上を覆うほどの大きさ です。けっこう重い。これが強風を受けて翻るわけだから、ポールにかかる加重は実は非常に大きくなる。実際、曲がったり、折れたりするポールが続出した。 「それで、パイプを仕様よりも2ミリだけ肉厚のものに変えたんです。そしたら、ほとんど曲がったり折れたりすることはなくなった」とか。「せっかくつくる ものだから、できるだけ、長くちゃんと使えるものをつくりたいじゃないですか。商売という点では、どんどん折れたり曲がったりしてくれる方がいいんでしょ うけどね。あはは」。
それを聞きながら、気にかかったことがあります。金野製作所でバナー金具の製造一式を請け負うようになったのはこ こ10年ほどのこと。それまで、担当していたメーカーは、サイズのずれやポールの折れや曲がりを「儲けるチャンス」とだけ思っていたのでしょうか? 作り 手が変わったことでもたらされた「果実」に発注元は気づいたのでしょうか?
臨機応変の対応やプラスαの工夫を生むには、実は想像力と創造力が求 められます。それがものづくりの源泉になるし、果実にもなる。それは、受け取る側がそういう生む経過、過程を評価してこそ、旨味がでるし、さらに大きな実 にもつながる。評価は果実の肥やしです。肥やしもやらずに果実だけ受け取っていれば、やがて木はやせ細り、実も小さくなります。日本のものづくりにとって 一番恐いのは、空洞化でも何でもない。「評価のできない客」である。
なんて、ちょっとうがちすぎでしょうか?
くまことはず語り-その6「お気に召したら、ご一興・・・」
世知辛いご時世。思わずぷぷっという話を少しだけ集めてみました。
鷹揚
とある子供好きの主婦、近くのかわいい男の子と大の仲良しになった。
ある日、買い物に行こうと家を出たら、遊び相手がいなくて所在なげにしていたその子がよろこんで寄ってきて、「おばちゃん、あしょぼ」。
「ご免ねぇ、今日は遊べないのよ」と恐縮したら、「じゃ、また明日、一緒にあしょんだげるね」。その答え方があまりに鷹揚で、聞けば、父親は宮内庁勤め。
哲学の始まり
話し始めた孫がかわいくて仕方ないご婦人。「遊びに来る」との連絡に朝からそわそわ。
実家のそばまで来た娘が気を利かせて孫を電話口に携帯をかけた。すわ、と喜び勇んで電話に飛びつき、開口一番「今、どこなの?」
孫、こたえていわく「ここでしゅ。ここにいましゅ」。
できことはできる、できないことは・・・
社内派閥抗争に破れた敏腕営業マン、サラリーマン人生に見切りを付けて独立した。
昔なじみのお得意さんに、何とか取り引きしてもらおうと一生懸命、電話で口説いた。
「イヤだなぁ、社長、僕がウソのない男だってよくご存じでしょ。一生懸命やらせてもらいますよ、誠心誠意、僕はできないことは」熱が入るあまり、「できません」と言おうと思ってつい、口が滑った。
「できますから」
正真正銘、誠心誠意の努力をして社業を盛り上げてきた今も、社内の語りぐさだそうだ。
瞬間芸?
機 械音痴が雑誌の編集部に配属された。取材先で写真の1つも取れなきゃ困ると、先輩記者がカメラの扱い方を教えていた。シャッターとフラッシュの呼吸を覚え させようとして、カメラをその新米記者に向けながら「いいか、フラッシュを見てろよ、シャッター切るからな」と言うや、カシャッとシャッターを切った。一 瞬の間をおいてフラッシュも光る。
「どうだった」と尋ねられた件の機械音痴、目をぱちくりさせて「まぶしいです」。
もう一つ。よ うやくカメラの扱いにも慣れてきた頃、大きな企画を終えた先輩記者がやり遂げた満足からいい笑顔を見せた。これだ、と思った件の新米記者、さっそく、カメ ラのシャッターを切った。うまく撮れていたら、先輩に感謝も込めて渡そうというのだ。しかし、写真は先輩の手に届かなかった。カメラにフィルムが入ってい なかったのである。
とぼけた味、というのは出そうと思って出せるものでもないが、人それぞれな味も出るものである。
(C)N.TANAKA
「つれづれもの草子」第6回「ものづくりを脅かすもの」
秋本番。東京の空も、ここのところは「こんな日に働くのは罪だ」と心底思うほど見事な青空続きです。オフィス近くの日比谷公園や沿道の大通りの木々も色づ き、風が運んでくるイチョウの実の香に「お、におうな」と、足を止める今日この頃です。この、霞ヶ関から国会議事堂へと伸びる国会通りは、外国からの国・ 公賓が来日すると、道沿いの街路灯に来賓国の国旗と日の丸が掲げられます。秋の抜けるような青空に2カ国の国旗が並ぶ様はちょっと壮観です。
この2色旗、実はその留め金具(バナー金具)の製造から街路灯への設置・とりはずしまでを社員10人ほどの小さな会社、千葉県習志野市の(有)金野製作 所ですべて取りしきっています。国賓の歓迎なんてまず都内でしかありませんから、この分野ではシェアナンバー1。ほぼ独占状態だとか。多少ばらつきはあり ますが、平均すると月に1度は必ず来訪者があるそうなので、けっこうコンスタントなビジネスにもなるそうです。
けれども、最初は「えっ」の連続だったとか。一番まいったのは「東京の電柱は規格がバラバラだった」ことだそうです。「この仕事を受注した最初の年は、東 京の街路灯の地上4.5メートルの太さを計って歩きましたよ」とは、金野社長の弁。地上4.5メートルというのは、発注元である外務省が「その高さが走る 車からだと一番よく見える」ということで指定している高さです。仕様書にはその4.5メートルの地点の電柱の径も指定してあります。ところが、その指定通 りに試作を終えて予行練習に行ったら、金具のサイズの合わない電柱続出。来訪までの時間はほとんど残されていない中、急遽、工場へ戻り、金具の一部を切 断、金属バンドで調節が利く仕組みに自主的に仕様変更。何とか事なきを得たそうです。実は、電柱の径というのは、つくられた年代やメーカーによって規格の ばらつきがけっこう大きいのだとか。「われわれの世界では、公差の許容範囲は百分、千分が当たり前でしょ。面食らいましたよね」。
それから、地 上4.5メートルというのは、意外と風が強い。まして、国会通りや桜田通りはビル風が吹きます。しかも、掲げる国旗は卓球台の半分以上を覆うほどの大きさ です。けっこう重い。これが強風を受けて翻るわけだから、ポールにかかる加重は実は非常に大きくなる。実際、曲がったり、折れたりするポールが続出した。 「それで、パイプを仕様よりも2ミリだけ肉厚のものに変えたんです。そしたら、ほとんど曲がったり折れたりすることはなくなった」とか。「せっかくつくる ものだから、できるだけ、長くちゃんと使えるものをつくりたいじゃないですか。商売という点では、どんどん折れたり曲がったりしてくれる方がいいんでしょ うけどね。あはは」。
それを聞きながら、気にかかったことがあります。金野製作所でバナー金具の製造一式を請け負うようになったのはこ こ10年ほどのこと。それまで、担当していたメーカーは、サイズのずれやポールの折れや曲がりを「儲けるチャンス」とだけ思っていたのでしょうか? 作り 手が変わったことでもたらされた「果実」に発注元は気づいたのでしょうか?
臨機応変の対応やプラスαの工夫を生むには、実は想像力と創造力が求 められます。それがものづくりの源泉になるし、果実にもなる。それは、受け取る側がそういう生む経過、過程を評価してこそ、旨味がでるし、さらに大きな実 にもつながる。評価は果実の肥やしです。肥やしもやらずに果実だけ受け取っていれば、やがて木はやせ細り、実も小さくなります。日本のものづくりにとって 一番恐いのは、空洞化でも何でもない。「評価のできない客」である。
なんて、ちょっとうがちすぎでしょうか?
くまことはず語り-その6「お気に召したら、ご一興・・・」
世知辛いご時世。思わずぷぷっという話を少しだけ集めてみました。
鷹揚
とある子供好きの主婦、近くのかわいい男の子と大の仲良しになった。
ある日、買い物に行こうと家を出たら、遊び相手がいなくて所在なげにしていたその子がよろこんで寄ってきて、「おばちゃん、あしょぼ」。
「ご免ねぇ、今日は遊べないのよ」と恐縮したら、「じゃ、また明日、一緒にあしょんだげるね」。その答え方があまりに鷹揚で、聞けば、父親は宮内庁勤め。
哲学の始まり
話し始めた孫がかわいくて仕方ないご婦人。「遊びに来る」との連絡に朝からそわそわ。
実家のそばまで来た娘が気を利かせて孫を電話口に携帯をかけた。すわ、と喜び勇んで電話に飛びつき、開口一番「今、どこなの?」
孫、こたえていわく「ここでしゅ。ここにいましゅ」。
できことはできる、できないことは・・・
社内派閥抗争に破れた敏腕営業マン、サラリーマン人生に見切りを付けて独立した。
昔なじみのお得意さんに、何とか取り引きしてもらおうと一生懸命、電話で口説いた。
「イヤだなぁ、社長、僕がウソのない男だってよくご存じでしょ。一生懸命やらせてもらいますよ、誠心誠意、僕はできないことは」熱が入るあまり、「できません」と言おうと思ってつい、口が滑った。
「できますから」
正真正銘、誠心誠意の努力をして社業を盛り上げてきた今も、社内の語りぐさだそうだ。
瞬間芸?
機 械音痴が雑誌の編集部に配属された。取材先で写真の1つも取れなきゃ困ると、先輩記者がカメラの扱い方を教えていた。シャッターとフラッシュの呼吸を覚え させようとして、カメラをその新米記者に向けながら「いいか、フラッシュを見てろよ、シャッター切るからな」と言うや、カシャッとシャッターを切った。一 瞬の間をおいてフラッシュも光る。
「どうだった」と尋ねられた件の機械音痴、目をぱちくりさせて「まぶしいです」。
もう一つ。よ うやくカメラの扱いにも慣れてきた頃、大きな企画を終えた先輩記者がやり遂げた満足からいい笑顔を見せた。これだ、と思った件の新米記者、さっそく、カメ ラのシャッターを切った。うまく撮れていたら、先輩に感謝も込めて渡そうというのだ。しかし、写真は先輩の手に届かなかった。カメラにフィルムが入ってい なかったのである。
とぼけた味、というのは出そうと思って出せるものでもないが、人それぞれな味も出るものである。
(C)N.TANAKA