今年の東京は7月酷暑、8月は気温差が激しかった。こういう時はいつにも増して仕事をやる気にならない。原稿も採点も、いわんや教授会はさぼりがち。唯 一の例外は工場見学だ。これだけはとりあえず体を動かして訪ねてみると、以後人生を真剣に生きようという気持ちになる。思いつきで訪ねた人間のインタ ビューに快く応じて下さる経営者には意欲的な方が多く、そのような工場は従業員にも活気がある。この経営者や従業員の意欲はどこから生まれてくるのだろう か。

 経済学的には働く動機はお金だ。しかし、それ だけではないだろう。聞くと仕事が面白いから、好奇心から、向上心から、腕を磨きたいから、いずれ独立したいから、夢の実現、などさまざまな答えが返って くる。一方で、他に生きる道がないから、というネガティブな答えが返ってくることも多い。意欲的に働いている人でもこういう答え方をする人が結構いる。そ うなると、工場で働く行為そのものの中に何か意欲をかき立てるものがあるのかもしれない。

 働く行為がポジティブな自己表現の一種だとす れば、働くという身体活動において自己表現をしたい、という欲求が意欲を生み出しているのではないだろうか。「しょせん親企業次第さ」「どうせ社長になれ るわけでもないし」といった諦観の中でも「身体を動かして自己の存在感を味わいたい」という欲求は生ずる。私のサラリーマン時代の実感でも、現場で仕事 (=インタビューや原稿書き)に没頭していると、社長も上司もないひとときがあった。

 意欲は自らの身体を動かすことから出てくるのでは ないだろうか。健康状態が悪化して身体活動が不活発になれば、企業経営の意欲も勤労意欲も低下する。むろん体調不良に気づかないほど仕事に集中していれば 話は別だが、経営者の健康悪化が企業経営の退潮と軌を一にすることもある。

 私の父が工場を閉じたのは昭和55年8月だったが、その後は 体調不良が続き59年8月にこの世を去った。今思えば、経営が傾きだした53年頃から社長室に引きこもってあまり現場に行かなくなり、家では時たま貧血を 起こしていた。従業員からもっと現場に顔を出してくれという声が出ていたが、工場長まかせで、結局これに応えることはなかった。当時、従業員数は最盛期の 40名から30名ほどに縮小していた。規模縮小期においては、階層的な組織管理よりもトップの率先垂範が重要だと思うのだが、それもままならず、現場の意 欲は停滞して、好き勝手なことをする者も出て経営は最終局面を迎えた。

 現場で作業をすることから意欲は生まれてくる、という考えには、 そうは言っても仕事がなければ作業も出来ないから意欲は生まれないのではないか、という反論が来るかもしれない。しかし、仕事を貰うために東奔西走するこ とも現場作業のひとつなのだから、やはり「始めに現場作業ありき」だろう。しかも皆苦しい中で、品質だ、コストだ、納期だ、改善だ、と頑張っている。現場 作業という身体を駆使する行為の中から意欲が生まれてくると考えたほうが説明がつくのではないか。

 辛い作業でも身体を使っての自己表現 はそれ自体「快」であるようだ。それがうまくゆけば尚更である。身体に熟練が形成されて行けば、一段と快であるのではないだろうか。「快適感覚を求め て」、これが意欲の源泉かもしれない。純粋な精神作業だけでも快は生ずると思うが、身体作業を伴うとより確実に快が生ずる。否、思索行為そのものにも身体 作業が組み込まれているのではないか。

 私もパソコンで原稿を書き始めて長いが、次第に指の動きが速くなることは一種の快であった。当初 は頭の中から「こう動け」という指令が身体に走るが、慣れると身体に自動機構のようなものが出来上がり、あまり意識的に命令しなくともすむ逆に指先が推敲 を促すようになる。身体が頭に「考えろ」と命令する。原稿を書く気がおきない時も、とりあえずスイッチを入れ、姿勢を正してキーを打っているとやる気にな ることがある。本を読む時もそうだ。読む意欲のない時は座禅でも組みながらゆっくり読む。一字一句読む。隅から隅まで読む。こうしていると次第に活字の世 界に没入する(眠る場合もあるが)。

 大学のウェイトリフティング部の練習を見ていても似たようなことがある。「今日はだるい」「疲れて いる」などとやる気がない部員が、ゆっくりと軽い重量で念入りに挙げているうちに次第に気が入り、自己記録まで出してしまう。骨盤を丸めて椅子に座り、背 もたれに寄りかかったままでは意欲は出てこない。

 「生きること、それは呼吸することではない。活動することだ。わたしたちの器官、感 官、能力を、わたしたちに存在感をあたえる体のあらゆる部分をもちいることだ。もっとも長生きした人とは、もっとも多くの歳月を生きた人ではなく、もっと もよく人生を体験した人だ。」(ルソー『エミール』)