銭湯が好きだ。湯船から洗い場を眺めていると、生身の人間の身体行動を観察できる。常連客は60歳以上で、身体労働系の人が多い。最近気になるのは若い
人達の行動がこれら常連客とは違うことである。例えば、シャンプーセット一式を籠に入れて来て念入りに洗髪している。シャワーがまわりにかかっても意に介
せず没頭している水浸しの体でロッカーまで行きバスタオルを取り出して拭く。内風呂の習慣をそのまま持ち込んでいる。さすがに水泳パンツをはいて入浴する
のはいないが。
しかし、もっと気になるのは洗う時の姿勢である。低い座椅子に腰掛けた時、骨盤の据わりが悪く、腰椎のところでクタッと折れ曲がっている人が多い。どう 見ても身体に力の入る姿勢ではない。長い足が邪魔しているのかもしれないが、時々来る大柄な欧米人の方がずっとましな姿勢で洗っている。
大学の運動部が集まる体育館の風呂でも観察してみたが、同じ若者でも大きな違いがあった。ここにはレスリング、ボクシング、重量挙げなどの部員達が入って くる。高校時代からトップクラスの実績を持つものも少なくない。風呂場では地面に胡座をかいて体を洗っているが、その姿勢は銭湯常連客と比べても遜色はな い。彼らの種目は、東京五輪の頃はメダルの稼ぎ頭であったが、今日、若い人達があまり参入してこない。筋骨に強い負荷かがかかるこれら「重運動」は好まれ ないようだが、今の時代にこの分野を選んだということはそれなりに身体的資質に恵まれた人達なのかもしれない。
さて、町工場では重いも のを持ち運びする光景は珍しくない。鍛造業や鋳造業の場合は日常的な作業である。大田区のある自由鍛造工場で、小柄な60代半ばの人が5kg以上はあると 思われるワークをパターぐらいの長さのヤットコで軽々と扱っているのを見て感心したことがある。墨田区の鋳物工場でも、小柄でがっちりした60歳過ぎの人 が数10個の砂型に10kgほどの真鍮の湯を次々と注いでいるのを見せていただいた。そして、細身の65歳がこの湯の入った砂型何個かをまとめて巧みに抱 え上げて移動させていた。同じ作業をプロレスラーのような若手外国人がやっていたが効率の差は見られなかった。
町工場の作業のうちで も、この重たいものを扱う作業が文字通り最も重労働であろう。それが高温の中で危険と背中合わせで行われるのであれば尚更である。バブル崩壊以降、製造業 に若い人が戻ってくる傾向も見られるが、このような過酷な現場では依然として高齢の熟練者と外国人労働者が主体である。
こういった職場 に若い人が来ないことを嘆く前に、この重労働を重運動との関連で考えてみよう。実は、筆者は15の春から50歳を越えた今日まで重量挙げという競技を続け ている。バーベルをスナッチとジャークという二種類の挙げ方で頭上に挙げ、その挙上重量を競う。学生の頃よりは遙かに弱くなったが、それでもまだ 100kgくらいの重量を頭上に持ち上げることは出来る。練習をやった夜は腰が痛くなって寝返りをうてないこともある。40年近く続ける中で、手首の骨が 変形してきた。右膝の軟骨はすり減っている。鎖骨の肉は厚くなっている。これが重運動の代償である
町工場の重労働とスポーツの 重運動の違いは持続時間と負荷の大きさの違いだろう鋳造作業では何キロの湯が注げるかは競わないが、1日中これを何回も繰り返す。そしてこれを30~50 年続ける。重運動では1日中練習することはない。練習での負荷は非常に大きいが、本格的な練習は10~15年続けるだけである。
共通す るものは姿勢である。熟練者が重労働する時、背中はまっすぐ伸び、腰はしっかり据えている。先の事例でも60代の人達の作業はこの姿勢であった。重労働と 高度技能の合わせ技ともいうべき「ヘラ絞り」で「かわさきマイスター」に輝いた今野工業(ものづくり共和国)の鍵屋さんの作業を見せていただいたことがあ るが、重く長い鉄棒を脇に抱えて加工する姿には歌舞伎の六方にも似た見事な構えがあった。
重量挙げでは初心者にまず「よい姿勢よい構 え」を教える。背筋を伸ばし、腰を割って低く構え、胴体の力をフルに使うことをしつこく教える。この姿勢が決まってくるまでに半年はかかる。姿勢が出来上 がれば重量を挙げているうちに作業に適した筋肉がついてくる。ところが、最近の若い人はこの腰を据える・腰を割る姿勢をとるのが苦手なようだ。腰椎のとこ ろで背中が曲がってしまう。股関節周りが硬いのだ。かといって欧米人のように背筋が強いわけでもない。したがって、ある程度素質のある人間しかやらない特 殊なスポーツになってしまったわけである。
スポーツでもこの有様では、若い人に町工場でいきなり重労働をさせることは難しい。結局、子 供の頃からの生活様式や日常作業が強く影響しているのだと思う。正座や胡座が日常習慣になく、洋式トイレが当たり前で農作業などの力作業の手伝いをする必 要もないという環境で育てば、いきなり重運動や重労働のための姿勢を自然にとることができるわけがない。昨今「小学生ものづくり教室」など若い人達をもの づくりに呼び込む工夫がいろいろなされているが、これを重労働の世界まで広げるためには生活姿勢の教育から始めなければならないのかもしれない。しかしこ のノウハウを戦後生まれのどれだけが持っているのだろうか?
しかし、もっと気になるのは洗う時の姿勢である。低い座椅子に腰掛けた時、骨盤の据わりが悪く、腰椎のところでクタッと折れ曲がっている人が多い。どう 見ても身体に力の入る姿勢ではない。長い足が邪魔しているのかもしれないが、時々来る大柄な欧米人の方がずっとましな姿勢で洗っている。
大学の運動部が集まる体育館の風呂でも観察してみたが、同じ若者でも大きな違いがあった。ここにはレスリング、ボクシング、重量挙げなどの部員達が入って くる。高校時代からトップクラスの実績を持つものも少なくない。風呂場では地面に胡座をかいて体を洗っているが、その姿勢は銭湯常連客と比べても遜色はな い。彼らの種目は、東京五輪の頃はメダルの稼ぎ頭であったが、今日、若い人達があまり参入してこない。筋骨に強い負荷かがかかるこれら「重運動」は好まれ ないようだが、今の時代にこの分野を選んだということはそれなりに身体的資質に恵まれた人達なのかもしれない。
さて、町工場では重いも のを持ち運びする光景は珍しくない。鍛造業や鋳造業の場合は日常的な作業である。大田区のある自由鍛造工場で、小柄な60代半ばの人が5kg以上はあると 思われるワークをパターぐらいの長さのヤットコで軽々と扱っているのを見て感心したことがある。墨田区の鋳物工場でも、小柄でがっちりした60歳過ぎの人 が数10個の砂型に10kgほどの真鍮の湯を次々と注いでいるのを見せていただいた。そして、細身の65歳がこの湯の入った砂型何個かをまとめて巧みに抱 え上げて移動させていた。同じ作業をプロレスラーのような若手外国人がやっていたが効率の差は見られなかった。
町工場の作業のうちで も、この重たいものを扱う作業が文字通り最も重労働であろう。それが高温の中で危険と背中合わせで行われるのであれば尚更である。バブル崩壊以降、製造業 に若い人が戻ってくる傾向も見られるが、このような過酷な現場では依然として高齢の熟練者と外国人労働者が主体である。
こういった職場 に若い人が来ないことを嘆く前に、この重労働を重運動との関連で考えてみよう。実は、筆者は15の春から50歳を越えた今日まで重量挙げという競技を続け ている。バーベルをスナッチとジャークという二種類の挙げ方で頭上に挙げ、その挙上重量を競う。学生の頃よりは遙かに弱くなったが、それでもまだ 100kgくらいの重量を頭上に持ち上げることは出来る。練習をやった夜は腰が痛くなって寝返りをうてないこともある。40年近く続ける中で、手首の骨が 変形してきた。右膝の軟骨はすり減っている。鎖骨の肉は厚くなっている。これが重運動の代償である
町工場の重労働とスポーツの 重運動の違いは持続時間と負荷の大きさの違いだろう鋳造作業では何キロの湯が注げるかは競わないが、1日中これを何回も繰り返す。そしてこれを30~50 年続ける。重運動では1日中練習することはない。練習での負荷は非常に大きいが、本格的な練習は10~15年続けるだけである。
共通す るものは姿勢である。熟練者が重労働する時、背中はまっすぐ伸び、腰はしっかり据えている。先の事例でも60代の人達の作業はこの姿勢であった。重労働と 高度技能の合わせ技ともいうべき「ヘラ絞り」で「かわさきマイスター」に輝いた今野工業(ものづくり共和国)の鍵屋さんの作業を見せていただいたことがあ るが、重く長い鉄棒を脇に抱えて加工する姿には歌舞伎の六方にも似た見事な構えがあった。
重量挙げでは初心者にまず「よい姿勢よい構 え」を教える。背筋を伸ばし、腰を割って低く構え、胴体の力をフルに使うことをしつこく教える。この姿勢が決まってくるまでに半年はかかる。姿勢が出来上 がれば重量を挙げているうちに作業に適した筋肉がついてくる。ところが、最近の若い人はこの腰を据える・腰を割る姿勢をとるのが苦手なようだ。腰椎のとこ ろで背中が曲がってしまう。股関節周りが硬いのだ。かといって欧米人のように背筋が強いわけでもない。したがって、ある程度素質のある人間しかやらない特 殊なスポーツになってしまったわけである。
スポーツでもこの有様では、若い人に町工場でいきなり重労働をさせることは難しい。結局、子 供の頃からの生活様式や日常作業が強く影響しているのだと思う。正座や胡座が日常習慣になく、洋式トイレが当たり前で農作業などの力作業の手伝いをする必 要もないという環境で育てば、いきなり重運動や重労働のための姿勢を自然にとることができるわけがない。昨今「小学生ものづくり教室」など若い人達をもの づくりに呼び込む工夫がいろいろなされているが、これを重労働の世界まで広げるためには生活姿勢の教育から始めなければならないのかもしれない。しかしこ のノウハウを戦後生まれのどれだけが持っているのだろうか?