私の通っていた高校は、松林の隣にあった。

小中学校と違って、あまり変わっていないように見える。

中央左寄りの丸い花壇の真ん中に、以前はブロンズの女性像が立っていたが、それはいなくなったらしい。私が通っていたころは女子校だったけれど、20年ほど前から共学校になった。女性像だけではバランスがとれないということになったのかもしれない。真相はわからない。

学校の敷地の真ん中を細い道が通っている。校舎のある敷地（右）とグラウンド（左）の間に一般の人が普通に通れる道があるのだ。

私が通っていた女子高校のころ、この道にアヤシイ人が出現したことがあった。

コートの前をぱっと開いて（自慢なのか自虐なのか）何か見せたがるような人だ。私は目撃したことはないけれど、あるとき、学校で一番若い男性教師がそういう人物に気づいた。男性教師は校舎を飛び出し、その人物を追いかけるべく柵を飛び越えた……

……とたんに、ズボンのお尻の縫い目がばりっと裂けたのだそうだ。

これは、その教師の授業のとき（英語）に本人が「僕の武勇伝」と笑いながら話していたことなので、本当だろう。

彼はとても話好きで脱線しがちで、英語の予習をしてこなかったクラスメイト（私含め）が多数いたときなど、私は「ちょっと描いてよ」と級友たちから頼まれることがあった。

描くのは、その教師の似顔絵なのだ。彼は、とても絵にしやすい風貌の人だった。

黒板に彼の似顔絵を描き、その横に吹き出しなどで

「英語はどんなふうに勉強するのが効果的ですか？」

「先生はどうして英語を勉強したいと思ったのですか？」

などと書いておくと、彼は教科書そっちのけで、自分の学生時代の話、映画を何度も見て英語を覚えた話などで授業時間を全部使ってくれるのだった。

きっと私たちの怠け心も下心も承知していて、ときどきノッてくれたのかもしれない、と大人になってから思った。

この不審者街道（正式名称ではない）を抜けると松林に出る。千本松原と言われる。松原を抜けると海。千本浜だ。

松原ごしの富士山。あいにく雲がかかっている。

静岡県ゆかりの作家井上靖の『夏草冬濤（なつくさふゆなみ）』という自伝小説に、この千本松原、千本浜がよく登場する。

最初に読んだのは中学生のころだった。『しろばんば』『あすなろ物語』なども。

読んでいて、あ、ここ知ってる、とわかる場所があるのはとても嬉しい経験だった。

松林の中の千本公園には、井上靖の文学碑がある。（駅前など、何箇所かある）

以前、静岡県は温暖な地だからみんなのんびりして偉人は出ないと言う人がいた。有名になったのは研ナオコさんくらいだよ、と。

でも、名前を知られているこの地のゆかりの人はけっこういる（ように思う）。

歌人の若山牧水。作家の芹沢光治良（すみません読んだことがありません）。作曲家の本居長世（童謡「七つの子」など野口雨情の詩との作品多数）。

そして、児童文学作家（著書多数）の末吉暁子さんは、高校の大先輩だったのだ。

末吉暁子作　佐竹美保絵　平家物語に題材をとったファンタジー『波のそこにも』

正直に言えば、最初に惹かれたのは佐竹美保さんの絵だったのだけれど。

この表紙の青は、千本浜から見る海の青に通じるような気がした。

この浜は石の浜。急に深くなっていて危ないので泳いではいけないと言われていた。

高校の頃のマラソン大会のスタートは、この石だらけの浜からだった。（二度と走りたくない）