こってりしたラーメンが食べたい。
それはある日突然襲ってくる欲求。そして衝動。

吸い寄せられるように入った店は、脂でぎとぎとらラーメン屋だった。



辛ねぎをトッピングした醤油ラーメン。

こんなにも辛ねぎが乗ってるなんて!そしてこの脂!普通にしたがかなり多め。

まずはスープ。
あー、これこれこれ!このこってり感。いいね。

麺も汁とうまく絡んでうまい。
チャーシューもいい。
そしてやはりこのネギは最高にいい!

にんにくと辛子味噌を入れて味も変化させる。

あー、たまらんなこれは。

このこってり感。これが欲しかった。

ごちそうさまでした。

汁まで飲み干したので、三十路のお腹じゃすぐにくだるだろう。

おいしかったけど、しばらくはあっさりした食事にしよう。



辛ねぎ醤油ラーメン…950円

 病院で貰った軟膏は全く効果がなかった。色んな病院 に行ったが、どちらも無駄骨に終わった。今では、かきむしるまでもなく突起物は破裂し、液体を出し続ける。痒みと終わることのない不快感、あのとき嗅いだ ような、血と消毒液が混ざったような臭いが顔中に充満している。

俺の顔は何度も何度も同じ箇所が膨らんでは破裂し、突起物がどす黒く変色している。それら の痕は、鏡で見るとまるで穴が開いているように見え、まるで顔のいたるところに蜂の巣ができたようになっている。その巣からは不快な蜜が出続け、きっとこ の穴の奥深くには女王蜂ではなく、小さなハチノコのような大津田の化け物が潜んでいるのだ。

 当然、学校には行かなくなった。いや、行けなくなっ たのだ。こんな姿、誰にも見せられない。そしてそのまま引きこもりになってしまった。しかし気の休まる時間はなかった。この痒みのせいでいつも大津田のこ とを考えてしまうからだ。クラスメートや教師はもちろん、恐らくはあいつの家族よりも、あいつのことを考えていた。思い浮かぶのは憎たらしい大津田の笑 顔。ざまあみろと言いながら、頭が割れ眼球が飛び出たままの姿で笑っている。

 俺はこの野郎!と恨みを込めて、毎日己の顔をかきむしる。
 この突起物はあいつの眼球だ!この突起物はあいつの腹だ!これはあいつの頭だ!叩き割ってやる!ちぎってやる!むしってやる!そう怒りながらかきむしる。気の済むまで、といっても、気の済むことは、どれだけかきむしってもなかった。

 そんな日々が続き、見かねた親がようやく俺の提案を受け入れてくれた。整形である。
顔の皮膚を剥がし、代わりにまだきれいな尻の皮膚を張り付ける。皮膚移植である。

  これで元通りになる。俺の尻は大津田の体液を一滴も浴びていないのだ。浴びてなければ、きっともう突起物は出てこないはずなのだ。少しばかり顔は継ぎ接ぎ のせいで不細工になるかもしれないが、この現状で誰よりも気持ち悪い顔と、永遠に襲い続ける痒みが消せるなら充分だった。

 大津田め、呪いはこれで終わりだ、ざまあみろ。

 手術中は久しぶりによく眠れた。麻酔のおかげで、深く深く眠ることができた。そして当たり前のことではあるが、目覚めると手術は終わっていた。
 なんだ、手術なんてたいしたことないな。しかし整形手術で俺の顔はどうなったのだろう。とりあえず痒みはもうない。…それが一番、ホッとした。

「今回の植皮、いわゆる皮膚移植ですが…成功しました。一週間程度で包帯は外せます。それまで入院していてください」
 それには当然親も喜んだ。一週間後には、この原因不明の奇病から解放されて、また日常に戻れるのだ。俺は学校にだって再び通うことができる。俺はその嬉しさと、これまでの地獄のような痒みから解放されたあまり、つい泣いてしまった。

  それから、特に合併症や痛みなどもなく、淡々と一週間は過ぎた。とても暇だったが、親からの差し入れでゲームや漫画があったので、暇つぶしにはなった。こ れが最後の暇な日々なのだ。退院すれば、学校が始まる。退院日には、クラスメートを呼んで最近の学校事情を聞いておこうと思う。

 陰鬱な病から 解放されたことで、まるで心が洗われたような心持ちになり、五階にあるこの病室の窓から眺める美しい景観に癒されていた。これまで景色になど興味もなかっ たのに、不思議な心境の変化だった。こうして少しずつ大人になっていくのかもしれない。 
そしてこの平穏な入院生活で、大津田に対しても謝罪の気持ちがわ いてきていた。呪いによってここまで苦しい思いを強いられることで、きっと大津田はこれと同じ苦しみを味わっていたのだと思ったのだ。もう許されることは ないと思うが、それでも大津田の墓に謝罪に行こうと決意するのだった。

 大津田を夢にみることもなくなり、顔中にあった痒みもなくなったからか、あれだけ毎日考えていた大津田のことも考えなくなっていた。このままゆっくりと忘れていくのだろう。

  そして今日が退院日だった。待ちに待った包帯を外す瞬間。看護師にゆっくり、ゆっくりと剥がしてもらう。少し皮膚に張りついており痛みがあったが、心地良 い。痒みよりも痛みの方が、数倍マシに思える。指で触れるだけで、自分の顔が以前のようにツルツルの肌に戻ったのだと感じることができた。

 包帯の全てを剥がしたあと、看護師は手鏡を持ってきてくれた。恐る恐る自らの顔を確認するため、覗き込む。

「…は?」
 俺は両手でその顔を触る。これは確かに生まれ変わった俺の顔だった。なのに、なのにそこには大津田の顔がある。
「ああああああああああああああ」
 俺は恐慌をきたした。そしてそんな俺をあざ笑うかのように、大津田の言葉が、俺の口から、あいつの声で発せられた。
「許さないよ」
 俺の意思とは関係なく、勝手に俺の口から発せられたその声は、確かにあいつの声だった。もう大津田からは逃れられない。

 俺は手鏡を叩き割り看護師に投げつけた。親も、医師も、看護師も、俺に何が起こっているのか理解できていない。

 俺は大津田から逃れるために、一目散に窓を開け、勢いよく飛び降りた。
 眼前にはコンクリート製のひさしと、見舞いにきたであろうクラスメートが見えた。





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  周囲は大騒ぎをしている。逃げ出す者、腰をぬかす者、電話をする者、俺に声をかける者もいた。しかし関係ない。俺はひたすら胃の中が空っぽになるまで吐い た。懸命に吐きながらも、顔にへばりついた肉片を、かきむしるように剥がす。

何度も何度も繰り返し行い、ようやく気が済むまでやったところでようやく少し 落ち着いたが、おぞましい死体が視界に入るのを避け、校門のほうへ体を向けた。一刻も早くこの場所を離れたかった。すると、足元には眼球が一つ転がってお り、俺を見ていた。大津田の眼球が一つだけ、ちぎれ飛んでいたのだ。

 ふん、そこまで俺が憎いのか。でもお前はもう死んだ。ざまあみろ、笑えるぜ。しかし最後の最期に気持ち悪い置き土産しやがって。許さねえ。

  俺はその眼球を虫のように踏み潰し、その場から去った。さすがにラーメン屋に寄る気分にはならず家に直帰したが、その理由は早くシャワーが浴びたかったか らだった。残酷な光景にショックを受けたわけでも、大津田のことを可哀想に思ったり後悔したわけではない。汚れた体を洗いたかった、ただそれだけだった。

  しかしその日の夜、眠ろうと瞼を閉じると、今日見た光景が脳裏にフラッシュバックした。脳天がぱっくりと割れた頭、あふれでる血と脳しょう、血まみれの死 体、飛び出していた眼球…それらは不気味な記憶だったが、目を開けることは自身のプライドが許さなかった。まるで、自分が大津田ごときにに怯えたみたいだ からだった。
 しかしなかなかに寝苦しく、たまに痒くなる顔をかきつつ、知らない間に眠りに落ちた。

   ***

 それからしばらくは大騒ぎだった。

 学校は休校。マスコミに嗅ぎつけられ明らかになるいじめの事実。教師の怠慢。
  俺は死体を直接見たことによって精神的なショックを受けたと親に言い、学校が再開後もしばらくの間ズル休みをした。授業などしばらく行っていなくてもノー トを見せてもらえば何とかなる。また、ほとぼりが冷めるまで外出を控えることで、俺も苦しんでいるんだと周囲にアピールすることにもなる。

 これ幸いとひきこもり、ゲーム三昧の日々を送った。

  といっても、ひきこもり続けたわけではなく、学校や警察に何度か事情聴取で足を運ぶことにはなったが、うまく自分の都合の良いようにごまかせた。生徒全員 揉め事は面倒だと思っていたし、大津田から遺書は見つからなかったので、証拠不十分ということで、生徒全員、そしてこの俺ですら、無罪放免となった。死人 に口なしとはこのことだと身をもって学んだのだった。大津田の親は生徒側を訴えることをあきらめ、教師や学校への訴訟に切り替えたようで、ようやく俺は平 穏無事に、学校へ登校することにした。

「おう久しぶりだな」
「よう、元気か」「なかなか学校来ないからズル休みじゃないと思ったぜ」
 クラスメートが温かく迎えてくれた。なんとなく照れくさくなり、顔をかく。
「痛っ」
 ぷちゅっと液体がでた。どうやらニキビが潰れたようだ。外出をしないということは、ひきこもりでゲームをしていたにせよ、ストレスになるようで、最近はニキビが増えてきていた。

「何言ってんだ、あんな野郎が死んだって、どうとも思わねえよ、むしろちょっと笑ったぐらいさ」
「そうか?でも大変だったんだろ?本当は」「死体を目の前で見てさ」「普通ならショック受けるよ」
 皆ひどく俺のことを心配をしているようだ。どうしたのだろうか。それにしても顔が痒い。久しぶりに外出したからか、いつもよりニキビが気になる。

「もう忘れちまったよ、あんなこと」
「でも…」「なあ?」「その…うん」
 少し休みすぎたのか、いらぬ心配をかけさせすぎたのだろう。嬉しさからか再び照れてしまい顔をかく。ニキビがまた潰れたようだ。

「ストレスか?」「…肌荒れひどいじゃねえか」「病院行ったのか?」
「え?なになに、そんなに目立つ?」
「お前鏡見てないのか?」「トイレ行ってきな」「見てこいよ」

  俺は急ぎ足でトイレに向かった。そういえば最近鏡を見ていなかった。ずっと部屋に閉じこもってゲーム三昧か、いつも風呂に入るときは、湯気ですでに鏡は 曇っていた。食事は毎回俺に部屋の前に置かせていた。身内に対しても精神的に疲労していると思わせるために、親とも滅多に顔を合わせていなかったのだっ た。

 トイレに入り鏡を覗き込む。
「…えっ」
 俺は驚き、両手で顔を触った。鏡に写っているのは、紛れもなく自分自身だ。
  そこには、顔中いたるところにニキビのような突起物ができている人がいた。額にも、眼下にも、鼻にも、頬にも、顎にも。数十ヶ所以上あった。これまで特に 気にせずにかきむしってきたからか、頬はぼろぼろになっていた。皮膚どころか、肉までそげていたかのような、でこぼこの顔。その突起物の色んな場所から、 じゅくじゅくと透明な液体が流れている。

「うわああああああああ」
 俺はそのおぞましさに恐怖を感じ、鏡を頭で叩き割った。この衝撃で全ての突起物が消え去ればいいと願った。しかし額から多少の血が流れるだけだった。そして、顔を隠しながら逃げるように学校を早退した。

 親も俺の顔を見て驚いていた。つい最近までそんな突起物はなかったと言うのだ。痒みを我慢しつつ、そのまま急いで皮膚科にかかった。親は何か言っていたようだが、覚えていない。俺は痒みを我慢することと、とある考えで頭がいっぱいだったのだ。
 軟膏を受け取り、車で家路についている間も、ずっとそのことを考えていた。

 これは、大津田の呪いだ。

  大津田の血と脳しょうが顔面にかかってから、この痒みは始まったような気がする。あいつはいじめられていた復讐に、呪いを込めて自殺したのだ。そうに違い ない。あいつは俺が校舎からでるのを見計らって、コンクリート製のひさしに狙いを定め、呪いのこもった己の体液を俺にぶちまけるために飛び降りた。計画が 成功したかどうか、眼球だけになってでも俺を見て確認していた。そうに違いなかった、それ以外に原因はない。

 くっそったれ!あの野郎、死んでま でイラつかせやがる。くそっ!痒い!痒い!痒い!くそっ!また潰れやがった!汚い痒いああくそ血がでてるのか?痒い痒い痒い痒い痒い!くそっ!くそっ!痒 い!痒い!どんどん潰れる!痒い痒い痒い痒い指が汁と血でぐちゃぐちゃじゃねえか!ああ痒い!くそ、我慢できない!痒い!痒い!痒い!痒い!ああああああ ああ痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!誰か何とかしてくれ!

   ***

・・・4へ続く


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