周囲は大騒ぎをしている。逃げ出す者、腰をぬかす者、電話をする者、俺に声をかける者もいた。しかし関係ない。俺はひたすら胃の中が空っぽになるまで吐い
た。懸命に吐きながらも、顔にへばりついた肉片を、かきむしるように剥がす。
何度も何度も繰り返し行い、ようやく気が済むまでやったところでようやく少し 落ち着いたが、おぞましい死体が視界に入るのを避け、校門のほうへ体を向けた。一刻も早くこの場所を離れたかった。すると、足元には眼球が一つ転がってお り、俺を見ていた。大津田の眼球が一つだけ、ちぎれ飛んでいたのだ。
ふん、そこまで俺が憎いのか。でもお前はもう死んだ。ざまあみろ、笑えるぜ。しかし最後の最期に気持ち悪い置き土産しやがって。許さねえ。
俺はその眼球を虫のように踏み潰し、その場から去った。さすがにラーメン屋に寄る気分にはならず家に直帰したが、その理由は早くシャワーが浴びたかったか らだった。残酷な光景にショックを受けたわけでも、大津田のことを可哀想に思ったり後悔したわけではない。汚れた体を洗いたかった、ただそれだけだった。
しかしその日の夜、眠ろうと瞼を閉じると、今日見た光景が脳裏にフラッシュバックした。脳天がぱっくりと割れた頭、あふれでる血と脳しょう、血まみれの死 体、飛び出していた眼球…それらは不気味な記憶だったが、目を開けることは自身のプライドが許さなかった。まるで、自分が大津田ごときにに怯えたみたいだ からだった。
しかしなかなかに寝苦しく、たまに痒くなる顔をかきつつ、知らない間に眠りに落ちた。
***
それからしばらくは大騒ぎだった。
学校は休校。マスコミに嗅ぎつけられ明らかになるいじめの事実。教師の怠慢。
俺は死体を直接見たことによって精神的なショックを受けたと親に言い、学校が再開後もしばらくの間ズル休みをした。授業などしばらく行っていなくてもノー トを見せてもらえば何とかなる。また、ほとぼりが冷めるまで外出を控えることで、俺も苦しんでいるんだと周囲にアピールすることにもなる。
これ幸いとひきこもり、ゲーム三昧の日々を送った。
といっても、ひきこもり続けたわけではなく、学校や警察に何度か事情聴取で足を運ぶことにはなったが、うまく自分の都合の良いようにごまかせた。生徒全員 揉め事は面倒だと思っていたし、大津田から遺書は見つからなかったので、証拠不十分ということで、生徒全員、そしてこの俺ですら、無罪放免となった。死人 に口なしとはこのことだと身をもって学んだのだった。大津田の親は生徒側を訴えることをあきらめ、教師や学校への訴訟に切り替えたようで、ようやく俺は平 穏無事に、学校へ登校することにした。
「おう久しぶりだな」
「よう、元気か」「なかなか学校来ないからズル休みじゃないと思ったぜ」
クラスメートが温かく迎えてくれた。なんとなく照れくさくなり、顔をかく。
「痛っ」
ぷちゅっと液体がでた。どうやらニキビが潰れたようだ。外出をしないということは、ひきこもりでゲームをしていたにせよ、ストレスになるようで、最近はニキビが増えてきていた。
「何言ってんだ、あんな野郎が死んだって、どうとも思わねえよ、むしろちょっと笑ったぐらいさ」
「そうか?でも大変だったんだろ?本当は」「死体を目の前で見てさ」「普通ならショック受けるよ」
皆ひどく俺のことを心配をしているようだ。どうしたのだろうか。それにしても顔が痒い。久しぶりに外出したからか、いつもよりニキビが気になる。
「もう忘れちまったよ、あんなこと」
「でも…」「なあ?」「その…うん」
少し休みすぎたのか、いらぬ心配をかけさせすぎたのだろう。嬉しさからか再び照れてしまい顔をかく。ニキビがまた潰れたようだ。
「ストレスか?」「…肌荒れひどいじゃねえか」「病院行ったのか?」
「え?なになに、そんなに目立つ?」
「お前鏡見てないのか?」「トイレ行ってきな」「見てこいよ」
俺は急ぎ足でトイレに向かった。そういえば最近鏡を見ていなかった。ずっと部屋に閉じこもってゲーム三昧か、いつも風呂に入るときは、湯気ですでに鏡は 曇っていた。食事は毎回俺に部屋の前に置かせていた。身内に対しても精神的に疲労していると思わせるために、親とも滅多に顔を合わせていなかったのだっ た。
トイレに入り鏡を覗き込む。
「…えっ」
俺は驚き、両手で顔を触った。鏡に写っているのは、紛れもなく自分自身だ。
そこには、顔中いたるところにニキビのような突起物ができている人がいた。額にも、眼下にも、鼻にも、頬にも、顎にも。数十ヶ所以上あった。これまで特に 気にせずにかきむしってきたからか、頬はぼろぼろになっていた。皮膚どころか、肉までそげていたかのような、でこぼこの顔。その突起物の色んな場所から、 じゅくじゅくと透明な液体が流れている。
「うわああああああああ」
俺はそのおぞましさに恐怖を感じ、鏡を頭で叩き割った。この衝撃で全ての突起物が消え去ればいいと願った。しかし額から多少の血が流れるだけだった。そして、顔を隠しながら逃げるように学校を早退した。
親も俺の顔を見て驚いていた。つい最近までそんな突起物はなかったと言うのだ。痒みを我慢しつつ、そのまま急いで皮膚科にかかった。親は何か言っていたようだが、覚えていない。俺は痒みを我慢することと、とある考えで頭がいっぱいだったのだ。
軟膏を受け取り、車で家路についている間も、ずっとそのことを考えていた。
これは、大津田の呪いだ。
大津田の血と脳しょうが顔面にかかってから、この痒みは始まったような気がする。あいつはいじめられていた復讐に、呪いを込めて自殺したのだ。そうに違い ない。あいつは俺が校舎からでるのを見計らって、コンクリート製のひさしに狙いを定め、呪いのこもった己の体液を俺にぶちまけるために飛び降りた。計画が 成功したかどうか、眼球だけになってでも俺を見て確認していた。そうに違いなかった、それ以外に原因はない。
くっそったれ!あの野郎、死んでま でイラつかせやがる。くそっ!痒い!痒い!痒い!くそっ!また潰れやがった!汚い痒いああくそ血がでてるのか?痒い痒い痒い痒い痒い!くそっ!くそっ!痒 い!痒い!どんどん潰れる!痒い痒い痒い痒い指が汁と血でぐちゃぐちゃじゃねえか!ああ痒い!くそ、我慢できない!痒い!痒い!痒い!痒い!ああああああ ああ痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!誰か何とかしてくれ!
***
・・・4へ続く
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ふん、そこまで俺が憎いのか。でもお前はもう死んだ。ざまあみろ、笑えるぜ。しかし最後の最期に気持ち悪い置き土産しやがって。許さねえ。
俺はその眼球を虫のように踏み潰し、その場から去った。さすがにラーメン屋に寄る気分にはならず家に直帰したが、その理由は早くシャワーが浴びたかったか らだった。残酷な光景にショックを受けたわけでも、大津田のことを可哀想に思ったり後悔したわけではない。汚れた体を洗いたかった、ただそれだけだった。
しかしその日の夜、眠ろうと瞼を閉じると、今日見た光景が脳裏にフラッシュバックした。脳天がぱっくりと割れた頭、あふれでる血と脳しょう、血まみれの死 体、飛び出していた眼球…それらは不気味な記憶だったが、目を開けることは自身のプライドが許さなかった。まるで、自分が大津田ごときにに怯えたみたいだ からだった。
しかしなかなかに寝苦しく、たまに痒くなる顔をかきつつ、知らない間に眠りに落ちた。
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「おう久しぶりだな」
「よう、元気か」「なかなか学校来ないからズル休みじゃないと思ったぜ」
クラスメートが温かく迎えてくれた。なんとなく照れくさくなり、顔をかく。
「痛っ」
ぷちゅっと液体がでた。どうやらニキビが潰れたようだ。外出をしないということは、ひきこもりでゲームをしていたにせよ、ストレスになるようで、最近はニキビが増えてきていた。
「何言ってんだ、あんな野郎が死んだって、どうとも思わねえよ、むしろちょっと笑ったぐらいさ」
「そうか?でも大変だったんだろ?本当は」「死体を目の前で見てさ」「普通ならショック受けるよ」
皆ひどく俺のことを心配をしているようだ。どうしたのだろうか。それにしても顔が痒い。久しぶりに外出したからか、いつもよりニキビが気になる。
「もう忘れちまったよ、あんなこと」
「でも…」「なあ?」「その…うん」
少し休みすぎたのか、いらぬ心配をかけさせすぎたのだろう。嬉しさからか再び照れてしまい顔をかく。ニキビがまた潰れたようだ。
「ストレスか?」「…肌荒れひどいじゃねえか」「病院行ったのか?」
「え?なになに、そんなに目立つ?」
「お前鏡見てないのか?」「トイレ行ってきな」「見てこいよ」
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トイレに入り鏡を覗き込む。
「…えっ」
俺は驚き、両手で顔を触った。鏡に写っているのは、紛れもなく自分自身だ。
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「うわああああああああ」
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大津田の血と脳しょうが顔面にかかってから、この痒みは始まったような気がする。あいつはいじめられていた復讐に、呪いを込めて自殺したのだ。そうに違い ない。あいつは俺が校舎からでるのを見計らって、コンクリート製のひさしに狙いを定め、呪いのこもった己の体液を俺にぶちまけるために飛び降りた。計画が 成功したかどうか、眼球だけになってでも俺を見て確認していた。そうに違いなかった、それ以外に原因はない。
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