暑中お見舞い申し上げます。

 

「夏眠」という言葉を検索してみました。

半分冗談みたいなつもりだったのですが、ちゃんと存在する言葉だったのにはびっくりしつつも少し苦笑が洩れました。

 

「一部の生物が暑さの厳しい夏に活動を停止して休眠状態になること」

 

この「一部の生物」に自分も入るのかもしれない、いや、むしろ入りたい、活動を停止して休眠したい、

「冬ごもり」ならぬ「夏ごもり」という言葉もあるようでした。

ただしこれは夏の間お坊さんがどこかにこもって修行することを指すのが本来の用法のようで、

けれどももはや修行するつもりなどなくてもこもるしかない、

こもる以外にすべがない、

そのくらいの暑さ、

だからやっぱり活動はできるかぎり停止して休眠状態に、

その「夏眠」の間の読書というわけでもなかったのですが、

先日、本を一冊、買いました。

 

本を、

一冊、

買う。

 

言葉にしてしまうとただそれだけです。

でもこれは、

自分にとっては結構な出来事なのです。

と言うのも、

もう随分と前からすっかり本は図書館で借りて読むもので、

読みたい本をぜんぶ買いそろえていたら大変なことになるし、

そしてさすがに元図書館員なだけに図書館の活用法にはおそらく相当通じているらしく、

例えば地元の図書館に蔵書がなくても、

気になった本を借りて読むことにこれまであまり苦労した覚えはありません。

その「図書館の活用法」を最大限に駆使すればほとんどの場合それで済みます。

ちなみに、

これもたぶん元図書館員なだけに、

それぞれの自治体が図書館というものをどう捉えているか割とすぐにわかるところがあって、

そして結構場所によってはっきり差があります。

余談のさらに余談になってしまいますが、

先日大きな選挙が終わったばかりだからか、

もしも図書館やあるいは美術館などそういった方面を充実させていきたいというようなことを訴えてくれる人がいたら選挙のたびにこんなに困らなくていいのにと、

でも残念ながら国政でも地方の選挙でもそこに触れてくれる候補者は皆無、

だから先日も投票所で投票用紙を目の前にしてもまったく気持ちが上がらないまま…

 

脱線が長くなりました。

とにかくそういう人間が、

あえて本を購入するというのはよほどのことなのです。

どんな本でも初めはほぼ必ず図書館で借りきて読みます。

読んでみて面白くて心に残るものがあって何か気になるところがあって、

場合によっては貸出期限までに一度返して何日かしてまた同じ本を借りてきて、

何だったら三度四度と同じことを繰りかえしてそしてついに、

 

「これはずっと手もとに置いておきたい」

 

そう思える本に、年に一度か二度、あるいは何年かに一度、出会えることがあります。

今回はいつ以来でしょう、

少なくとも今年になってからは初めて買ったその一冊の本から、

この本の著者をリスペクトする別の著者が自身の本のタイトルにまでした第一章を、

来月の十一日、その日だけは「夏眠」から起きだして、語ることにしました。

暑いさなかに、雪と氷に覆われた北の地のおはなし。

なんだかますます自分の語るものは自分のためという傾向が強くなっている気もしないでもないですが、

いや、そんなことはない、

もしもこの本から自分が受けとったものをしっかり本気でちゃんと語ることができたら、

きっと同じようにもしかするとより深く強くそして静かに受けとってもらえる、

 

よかったら、

 

受けとりにきてください。