アメリカの作家 ダニエル・キイスによるSF小説

 

あらすじ(引用)

知的障害をもつ青年チャーリイが脳手術で天才的知能を得るが、やがて再び知能を失っていく過程と孤独を、実験用マウス・アルジャーノンとの関係を通して描く物語。

 

SF小説と聞くと近未来な世界や、時間移動、AIやロボットを想起するが、この小説は違った。

脳手術と飛躍的に知能が向上する部分はSFだが、それに付随する物語はヒューマンドラマに近い。

 

進行は報告書や独白で行われ、主人公のチャーリイの視点やそれを取り巻く環境はかなり主観的である。

内容は稚拙な文章から始まり、徐々に文法や使用される文字が知的になり、理路整然としてゆく。

段々難しい文章となり、あるラインを超えるとまた段々と稚拙で短絡的な文章に戻り、報告書は幕を閉じる。

 

無知であることの幸福や叡智であることの孤独を描かれている一方、

本当の無知であれば幸福を感じることもできない、本当の叡智であれば適格に知識を利用し、幸せをつかむことができるはず。

知識を得ることが悪いのではなく、使い方や取り入れ方が重要だと自分は読んだ。

アルジャーノンは実験用マウスとして本当の無知として描かれていると感じ、チャーリイに思われていた幸せというものを感じず、無知は無知のまま起伏なく幕を閉じた。

アルジャーノンはチャーリイに思われて幸せだっただろうと思う感情は我々が無知でないからこその願望であり、チャーリイと同じくあくまで片思いなのだろう。その意味では花束を届ける役目は我々読者なのかもしれない...

 

小説内で知識と感情は対立するものとして描かれる描写が多く、知識の成長は肉体や精神の成長と比例して行われないと自身や他人と摩擦を生む。

その点では前半の膨大な知能に感情が振り回されている幼さ、後半の知能が失われてゆく過程で徐々に人への理解が追い付いていく部分は知能指数の曲線とは反比例して人としての成長曲線を感じた。

読者はこの本の内容を合理ではなく感情で読むと思う。誰もが孤独を恐れて思いやりの溢れた幸福を願う。

逆に孤独を突き詰めた先には何が待っているのだろう?その先こそがあの夜のチャーリイやアルジャーノンの行きつく先なのかもしれない...