気を抜くと倒れそう。

 

母のことで頭がいっぱい。

 

病気発覚してから、安心したり、不安になったり、

 

母に会えば会ったで嬉しい反面、まるで消えそうなろうそくの炎のように母の姿が見えて、

(ずーっと寝てるから)

 

切なくなったりします。

 

家では子供たちがいるし、夫もいるので極力普通にふるまっています。

 

夫がそんな私に気付かないから上手くやれているのだと思います。

 

うちの子たちは私の心の澱(おり)を察するのがとても上手なので、

 

家にいる時は出来るだけ母のことは考えないように家事をしています。

 

仕事に集中すると、時間があっという間に経つし、仕事も捗ります。好都合です。

 

だけど・・・

 

先ほどのような父からのメールや、仕事の処理の合間合間でふっと気を抜くと、

 

どこかを掴んでないと立っていられない感じになります。

 

だからいつも座ってるんですけどね・w・;(汗)

 

 

 

 

ちゃんと休みます、

しっかり寝ます、

皆にそう言いながら、確信犯的に私は自分の体を騙し続けています。

 

 

明日が終われば・・・

明後日が終われば・・・

 

 

そんな風に思ってもう45日が経ちました。

 

 

 

 

 

なぜ私がこんなにも母の命に敏感なのかと考えると、

一つだけ、思うことがあります。

 

 

 

 

自分がまだ親孝行出来てないと後悔しているのだということです。

 

 

 

*

私のお家はお小遣いをもらえない家でした。

だから私は手段を選ばずに兎に角、高い時給のバイトを掛け持ち、

銀行でも全支店№1を取ると決めてそれを達成したらすぐに退職しました。

全支店テラー(窓口)の全項目で第一位を頂いたのです。

それを達成したら、全支店の社員の前でスピーチをします。

その上(目指す目標)は無い。係長になるつもりも、代理になるつもりもありませんでした。

あくまで、平社員でどこまで会社に貢献できるのか、そう考えて仕事をしていました。

上記の理由で私は退職したのです。

母は少し悲しんでいました。

銀行で真面目に働く私を見て安心していたのだと思います。

でも私は結婚に託(かこつ)けて寿退職(表面上)をし、

すぐに自分の体を使ってすぐにいいお給料がもらえる仕事に就きました。

(夜のお仕事ではないです。別に夜のお仕事を軽蔑しているわけでもありませんが、念のためキャバクラとか風俗ではないことを記しておきます)

 

 

そして、パパっとお金を貯めたら、パパっと旅行に行くのです。

その時その時にいた、彼氏とはいつも真面目に真剣に恋愛をしていました。

毎回、真剣に恋をする私を見て、母がたった一度だけ

 

 

 

「地に足着けて行かなきゃ。はるちゃん海外から帰ってこなくなるような気がするわ・・・」

 

 

 

と言ったことがあります。

母は優しく、素晴らしい母でしたが、私はいつも寂しかったのです。

 

 

朝から夜の20時くらいまで仕事で家にいません。

参観日には殆ど来たことがありません。

父は観光バスの運転手をしていましたので、長期的に家にいませんでした。

(父は40代半ばで転職しています。現在は違う職種です)

 

小学二年生の頃、音読が得意だった私は先生に褒められ、参観日に発表する一番メインの部分の音読を割り当ててもらいました。

 

嬉しくて母に、

「先生がはるに一番長く教科書を読むところの役にしてくれたの。ママ来れる?」

 

と言ってみました。

お仕事で忙しいのはすごく分かります。

なので、本当に素っ気なく聞いた記憶があります。

母は、

 

「う~ん・・・行けたら行くね」

 

と言います。

 

「ほんと?来て欲しい!音読頑張るね!」

 

教科書1頁分を丸暗記した私は、文字につっかかることもなく、難なく読み上げることが出来ました。

でもそこに母の姿はありませんでした。

 

 

教科書を読み終えた私は席に座り、

 

一人で泣いてしまいました。

 

他所のお母さんだって来てないお母さんはいるのに。

 

繰り返しになりますが、私の母は優しく素晴らしい母です。

 

でも、私が傍にいて欲しいと思うときにいつも、傍にいませんでした。

 

仕方がないのです。家庭のために働いてくれていたのだから。

 

でも、長女の私にはそれがとても寂しかったのです。

 

妹や弟を雷鳴から守るのも私の役目でした。

 

妹や弟が雷に怖がって泣くと、私は二人を抱くように座り、

 

「大丈夫だから。お姉ちゃんがいるでしょ!」

 

と言いながら笑います。

 

泣き止まない妹の横腹をくすぐると、きゃっきゃと妹が笑います。

 

弟には、目を真ん中に寄せて変な顔をして見せ、笑わせます。

 

ひとしきり二人を笑わせたあと、私はこっそり、押し入れの中に入って、

 

押し入れの中で一人で泣くのです。

 

本当は私も雷が大嫌いで、雷が家に落ちたらどうしよう、妹や弟をどうやって守る?といっぱいいっぱいだったのです。

 

可愛げのない子供ですよね。一緒に泣けばいいのに。

 

姉の私が泣けば妹も弟も泣き出すので、押し入れの中で泣くという技を覚えたのです。

 

母のことは大好きだけど、いつも、相談したい時に傍にいない人でした。

 

だから私は、その寂しさを友達や彼氏で埋めていました。

 

だからって男に依存するようなほどではありませんでしたが、家にいるよりも断然、自分の知らない世界を旅する方がずっと楽しかったのです。

 

社会人になってからは、母と過ごす時間が一気に減りました。

 

 

 

 

その時、大きな心配をかけてしまったという後悔が、

今も胸の中に大きくあります。

 

 

 

 

もっと孝行したい。

まだ孝行できてない。

そう思うからこんなに苦しいのだと思います。

 

 

 

まるで昨日のサラみたい。

サラはたった8歳なのにもうそれに気付いてる。

「ママに何か買ってあげたい時にママが居なかったらサラどうすればいいの?長生きしてね」

と言うサラ。

 

 

 

きっと私は今の家族の中で、

一番魂の年齢が若いのだと思う。

 

 

 

だから、

いつもヒロシに、子どもに、教わることばかり。

 

 

 

ヒロシのカタカナの言い間違えや、一期一会という言葉を知らないから教えてあげることなんて、

宇宙のチリのようなもの。

 

 

 

私が夫から教わること、

エマ・サラから教わることは、

 

 

気付いたら魂が震えるほどに、

数秒動けなくなるほどに、大きなこと。

 

 

 

ちゃんと自分が一番下っ端なんだと自覚していなきゃならないと思いました。

 

 

 

家ではつい、何でもできてしまうのがママ(お料理・掃除など)ってことになってるから

幅を利かせてしまっているけど。

 

 

 

 

本当の私はどうしようもないくらい弱くて、

誰かにいつも肩を借りていないとすぐに倒れてしまうような、

そんな自分なのだと改めて思いました。

 

 

いい大人だから倒れる前に座って仕事してるけど(汗・・・・

 

 

いや、そうじゃないって?

なんか体が怠いです。