ピルルゼンの駅に汽車が着くと、どこからか、

 

「ピーヴォ!ピーヴォ!」

 

とのんびりした調子の呼び声が聞こえてくる。

 

その声につられて窓から顔を出すと、そこにいるのはビール売りだ。

 

大きな手押し車の荷台いっぱいに、なみなみと生ビールをたたえた紙コップを並べて、

 

「ピーヴォ!ピーヴォ!」

 

とこぼれないようにゆっくりと歩くその歩調に合わせて間延びした声を挙げながら、

 

駅弁売りよろしくプラットフォームを闊歩してる。

 

「ピーヴォ!」

 

「ピーヴォ?」

 

話はこれだけで通じて、まずは一緒に旅をした彼が一杯。

 

私も生まれてはじめて、音に聞くピルゼンの生ビールを、駅に着くなり味わったのだ。

 

首都プラハから列車で二時間。古都ピルゼンは、世界に名を馳せたピルスナービア(ピルゼン風ビール)のお膝元、ヨーロッパにおけるビールの本場、と言ってもいいくらいのところだ。

 

なるほど街を彼と歩いてみると、まず駅の近くに国営ビール工場、街の中心にビール博物館、そしてあちこちに大きなビヤホールがあり、レストランでもビュッフェでも、朝、昼、晩、時間と場所に関わらず人々は実によくビールを飲んでいる。

 

その飲み方を見ていると、これもなるほど、本場の人々はこうなのかと思わせる、一種独特の風格があるのも面白い。

 

まず用いる容器は必ず500cc入りの大型タンブラー(駅のビール売りのは紙製だったが同型同量)。

 

ジョッキはどのお店でも使っていなかった。

 

ビヤホールなりレストランなり(実際この両者は区別がつけがたい)に入って席に着くと、黙っていてもこの500ccグラスの生ビールがデンと目の前に置かれるのである。

 

客はそれを、ちびりちびり、ぐびりぐびりと飲む。

 

決して一気に飲み干したりしない。

 

ドイツ人のように楽しそうに騒いだりもせず、あくまでも静かな、寡黙な、思慮深い表情で、ちびりちびりゆっくりと変わらぬペースで飲み続ける。

 

レストランには、プラハハムとか、ボヘミア風グーラッシュ、ガーリックトーストにタルタルステーキ、といった魅力的な料理があって、

 

それをつまみながらじっくりとビールをやるわけだが、

 

どのお店でも料理を注文・サービスする人とビールを専門に担当する人(必ず女性)とが分かれていて、ビール係のおばさんは絶えずマッチ棒を持ってお店の中を巡回し、客の動静に目を光らせている。

 

おばさんはコップがカラになった客を見つけると、スっとそこへ近寄って行って、片手の盆からおかわりの500ccコップを取り、黙ったまま客の前にまたデン!と置く。

 

そしてそのとき、一杯につき一本、目印としてマッチ棒をテーブルに置いていくのだ。

 

見ればどの客の前にもマッチ棒が2~3本、多い人では5~6本も並んでいた。

 

おばさんが近づいてきたときに声を上げて拒否しない限り、自動的におかわりが運ばれてくる仕掛けになっているのである。

 

私は半分しか頂かなかったが、

 

それでもピルゼンのビールは美味しい!と思った。

 

色は琥珀か、カモシカか。

 

はじめがほろ苦く、次にそのほろ苦さは舌の上で消え、

 

あとにほのかな香りが残り、のどを越したあとはあくまでも爽やかである。

 

泡はキメが細かいので放置しておいてもなかなか消えず、

 

泡に覆われたビールの美味しさが失われないのだなと感じた。

 

だからこそ、時間をかけてちびりちびりと飲むのがふさわしいのだろうか。

 

しかしそれにしても彼らのよく飲むこと。

 

もちろん、飲めば顔色こそ少し赤くなるけれども、

 

その赤い顔はひたすら穏やかな満足感をたたえているだけで、

 

騒いだり乱れたりの酔態からはほど遠い。

 

その静けさが、まさの本場のビール飲みの迫力だねと語り合った。

 

同行した彼はマッチ棒3本で降参した。

 

そしてお店を出てそろそろと歩いていると、

 

街の中心を流れる川のほとりに出た。

 

川は悠々と流れていたが、

 

その水の色はまさにビールを思わせる褐色で、どういうわけかあちこちに細かい白い泡が立っていた。