[長文注意]


本書の主人公は、安堂清春(あんどう きよはる)という任官七年目の判事だが、発達障害という大きな問題を抱えている。小野崎乃亜(おのざき のあ)という、東京の大手事務所から逃げてきたと称する、自称駄目弁護士は、出自も振る舞いも規格外。検察官の古川真司(ふるかわ しんじ)には、なにやら屈託があるようだ。

最初の事件『カレンダーボーイ』は、大した事件には見えなかった。
江沢卓郎二十二歳は、タクシーに当たり屋を行って詐欺未遂罪で、さらにその時、当たられたタクシーの乗客を殴って傷害罪で起訴されていた。だが、開廷直後に、被告人が罪状認否の手続きで、起訴事実を否定した。驚くべきことに、被告人と弁護人が争う様子から、安堂が弁護人を解任してしまい ………。事件は、思わぬ方向に向かう。

第二の事件『恋ってどんなものかしら』は、私立高校の数学教師の夫が、同じ高校の音楽教師の妻に殴り殺される、という事件である。
二人の勤務先の校長が、私選弁護人として、 小野崎乃亜に弁護を依頼した。小野崎は、利益相反が起こる可能性も考えたが、校長個人の依頼という形で引き受けた。どこかおかしかった。結果、この事件は、関係者を人間の心理の深みに誘うことになる。

第三の事件『擬装』は、強盗の「闇バイト」にからんだ、金の運び役とされる十八歳の少年二人に関するものだ。安堂は、その少年たちに、裁判所としては異例の「質問」をして物議をかもしていた。同時期、安堂が小野崎弁護士の事務所を訪れていた時、変わった依頼人が現れた。娘が誰かに殺されたと主張しているが、警察からは相手にされていなかった。安堂は、なぜかその依頼人のことが気になり、……。

この小説はミステリとして、とてもよくできている。だが、この文章ではミステリとしての側面には触れない。発達障害という大きな問題を抱えている安堂という人間について考えてみたい。

安堂には、発達障害の専門医である山路薫子(やまじ かおるこ)という主治医がいる。
< 先生とは十歳で出会った。発達障害と診断してもらってからの付き合いになる。

 その日から、人の気持ちを読み取るのが苦手な自閉スペクトラム症=ASD、衝動性

 がじっとしていることを許さない注意欠陥多動症=ADHDを自覚しながら生きてい

 る。>(7頁)

ASD、ADHDの症状には、思いもよらないものもあるようだ。
< 舌が神経を通して脳につなげる情報によっては、なぜか味もわからないうちに

 「おえっ」と吐くことが少なくない。…(略)…

  白飯がそのままでは食べられない。アパートではケチャップ味のライスか、パン

 を毎日の食事にしている。…(略)…
  したがって会食などは大の苦手としている。人付き合いが悪いと思われ、恋人ど

 ころか友達もできない。>(12頁)

安堂が判事の裁判の場で、ベテランの検察官古川が、安堂をなめているとしか思えない態度をとった。
< これくらいのことで動じてはいけないと、遠い過去から幼い自分の声がした。バ

 カにされることには慣れている。とりわけ、小学校低学年の頃は教師や同級生から

 白い眼で見られ、邪魔者扱いされた。ちょろちょろ歩き回るので、ついたあだ名は

 「ちょろ春」であった。当時多動症はあまり知られておらず、叱られる日々を延々と

 過ごした。>(20-21頁)

裁判は特異な展開を見せた。弁護人浜之上が驚いたことに、被告人江沢が起訴事実を認めなかった。
< この分だと、弁護人と江沢の関係は修復しようがないだろう。選任をやり直すの

 が適切ではないか――その考えはいくぶん強いそわそわの衝動を伴いながらやって

 きた。「弁護人を解任します」考えを定める前に口が動いた。>(23頁)
< …(略)… 浜之上の怒りの矛先は裁判官に転じた。「あなた、自分が何をしてい

 るのか、わかっているのか。弁護士会を敵に回すことになりますよ」
  恫喝の響きがあったが、何も感じない。一歩後ろに下がって、他人事( ひとごと)を

 見ているような感覚があった。安堂は脳の指令なのか、自分の意思なのか区別がつ

 かないまま淡々と次の訴訟指揮に移った。>(23-24頁)

安堂の「弁護人を解任」すると言う行為は、「弁護士会を敵に回」した。安堂は、後日新しい弁護人小野崎によって、次の法廷で「裁判官の忌避」を申し立てる、と告げられることになる。

安堂がいつも利用している喫茶店に、執行官の津村弘信(つむら ひろのぶ)が現れた。彼は、きょうのことを早くも聞きつけていた。
<「実際、大変でしょう。もし裁判官忌避の申し立てが出れば、最高裁事務総局の耳

 にも入ることになる。珍しいことですからね」>(30頁)
文字通り、将来のキャリアの問題となる。

話をしているうちに、安堂は顔を近づけ過ぎていた。
< 彼は遠慮なしに聞いてきた。「はっはー、いまのがアレですな。」
 「アレとは?」
 「書記官の間でウワサになってますよ。書類を作っていて、あなたは大事なところに

 なると、ぐっと顔を寄せてくるそうですね。」
  小さくはないさざ波が胸をよぎった。自覚できていると思っていたのに……。し

 ばし茫然としているうち、気になることを思い出した。>(32-33頁)

相手との適正距離を失うこのような特性を、「積極奇異」と呼ぶそうだが、命名の仕方だけでも、社会がこの現象に注ぐ視線の冷たさが感じられる。「自覚できていると思っていたのに……」。思っていたのに、自覚が充分ではなかった。ではどこまで自覚すればいいのか。どうすれば自覚できるというのか。

先ほどの会話には続きがある。
<「ところで、津村さん、あなたはどうして私がここにいるとわかったのですか?」

 「それも、ウワサですよ。何でも安堂さんはこの店で、ナポリタンばかり食べてるっ

 て話じゃないですか。まさかそんな人がいるとは信じられません。きょうは、たま

 たまでしょ?」 … 略 … 
  安堂は力なくため息をつき、なんて狭い町なんだと胸の内でつぶやいた。>(33頁)

津村の言葉の端々に毒がある。さらには、この会話は、津村だけではなく、たぶんまわりの人にも聞こえている。
安堂は、自分がしてしまったこと、できなかったこと、するべきことをしなかったこと、その他の自分の行為に対する自責だけでなく、周囲の惨憺たる評価、無言の叱責にも耐えねばならない。

安堂が、そわそわした気分を抱えながら、タクシーを飛ばして、被告の江沢の家に行ってみたのも考えあぐねた末だった。居合わせたおばあさんが安堂と話しているうちに、安堂の服装の白いジャージと黒い革靴という奇異な取り合わせに気づき、当惑していた。
安堂は、おばあさんに指摘されるまで、黒革靴に気がつかなかった。タクシーの運転手は気づいていただろうか。気づいていたとしたら、どんな思いで安堂を見ていたのか。アパートを出てこの場所に着くまでに、いったい何人の人が彼を見たのか。その中に知っている人はいたのか、いたとして、その人は靴に気がついたのか。黒革靴以外には、取り合わせが奇異なものは無いか。他に何か忘れているものは無いか。想像し始めるときりはない。目の前にある、気を配る対象は、突如、無限になる。
安堂のまわりにいる人たちの大部分は、こんな想像する必要がほとんど無い。だが安堂の心は、多くの人が想像もしない問いでいっぱいになっている。必要ならばそれに対処する方法も考えなければならない。

二人の様子を窺っていたのが弁護士の小野崎乃亜だった。小野崎は、立ち聞きしていて、おばあさんの話に深く共感している安堂の姿を見ていた。たぶん、それが後の安堂に対する、裁判官の忌避の申し立ての取り下げにつながっている。

また、安堂が職場の自席で、津村が密かに置いていったと思しき資料を検討していると、後輩の落合知彦(おちあい ともひこ)判事補が、唐突に、安堂の、弁護士の解任の即断を羨ましく思った、とつぶやいた。安堂をそれとなく支持してくれる場面も多くなっていた。

裁判の過程で事実関係が明らかになった後、安堂は、津村が自分を利用したことを知る。お互いに言うべきことを言いあった後、津村は言った。
<「あなたは裁判を通して、実社会に交わったんじゃないですか。私としては今回の

 件を安堂さんの財産にしてもらいたい」>(90頁)
津村は確かに安堂にとって、好ましく思える相手ではなかったが、間違ったことは言っていなかった。

安堂は、裁判のために大いに働いた。必要な人には会った。多くの言葉に傷ついた。だが、がむしゃらに働いた。そして、良きにつけ悪しきにつけ、関係のあった人と親しくなった。安堂は、裁判から、仕事から、逃げなかった。逃げられなかった。

さて、ここまで述べたような自らの状態を、訴えた相手は、誰であり、どのような表現で訴えたのか。

安堂は、パソコンで通信アプリを起動し、主治医に現状を訴える。
<「 … 略 … 場合によっては、人事を握る最高裁事務総局にトラブルメーカー

 の烙印(らくいん)を押されかねない。そんなピンチなのに、怖いとも思わない。何も

 感じないんです」
 「ふーん、自分の将来がどうなるのか、気にならないことが悩みってわけね」
 「ぼくはがんばってきました。その苦労が水の泡になろうとしているのに、焦った

 り、心配になったりもしない」
 「で、清春くんはどう思うの?」
  貧乏揺すりが強まった。脳の指令に負の感情が重なる場合もある。地震が来たと

 きのように、目の前のパソコンが小刻みに揺れていた。
 「苦しいです」
 「苦しい?」
 「ええ、とても苦しい。四六時中、人目を気にしなければならなかったり、衝動への

 恐れを持ち続けなければならなかったり……ぼくは自分が思う以上に疲れていると

 思うんです」
  ADHDの衝動性や落ち着きのなさは、子供のときにそれと診断されても、多くは十

 代を過ごすうちに、症状が穏やかになる。安堂は残念なことに、そこに入れなかっ

 た。涙目になっているのが、まぶたの熱さから自分でもわかった。
 「でも、将来が気にならないことが、どうしてそんなに悲しいのかなあ」
 「特性を自覚してからというもの、日々それに振り回されないようにするだけで、ぼ

 くは一杯いっぱいになっています。社会に交わる、 ただそれだけのことのため必死

 になって生きている。将来を心配する以前の問題が、何時までたってもぼくから離

 れていかない」
  安堂は投げやりに言って、天井を向いた。それでも涙がこぼれてきた。>

 (54-55頁)

この訴えを多くの人はどう聞くのだろうか。
安堂は、目の前のことに必死になって生きている。目の前にあるものに流されそうになって、押しつぶされそうになって生きているわけではない。
安堂は、主治医の山路に支えられているから、なんとか”苦しい”ですんでいるのだろう。
小中学生対象の調査で、児童生徒の8.8%に発達障害の可能性があるという。対象となる児童生徒の生活を想像すれば……。

安堂は判決文を書こうとしていたが、難航していた。
< こんなことでこの先、裁判官をやっていけるのだろうか――。
  胸の内でそう独りごちたとき、「ん?」と首をひねった。その刹那、フグを食べら

 れずに泣いた夜に引き戻された。あのときは、社会に交わるだけで一杯いっぱいに

 なったことが悲しかった。将来を思い悩む余裕すらなく、ぼろぼろに壊れるかと思

 った。
  だがきょうはどうだろう。ちょっぴりにしても先々の心配をする自分に今、会えて

 いる。どう思えばいいのだろうか。>(93頁)

裁判の進行中、安堂が何をしていたか。
”あなたは裁判を通して、実社会に交わったんじゃないですか。”
誰が言った言葉であっても、これが事実であることに変わりはない。

* 直島 翔 著『 テミスの不確かな法廷 』
 なおしま しょう てみすのふたしかなほうてい
 角川文庫 株式会社KADOKAWA 令和7/11/25