古都鎌倉に代々国会議員を出している家がある。
現在の当主は安達喜代助、かつて与党幹事長だった八十二歳の国会議員。同居する息子安達政孝も
五十一歳の衆議院議員。地元には、それぞれ、殿様、若殿と呼ぶ者もいる。
安達邸は由緒ある洋館だった。安達政孝は女優との不倫スキャンダルの渦中にある。そこに、火事が起きた。
神奈川県警刑事部長竜崎伸也は火事の報告を受け、板橋武捜査一課長を、本人の申し出通り、現地に派遣した。特例である。だがそれだけではすまなかった。
竜崎は上司の県警本部長に呼び出された。そこで、竜崎刑事部長が鎌倉に行ってくれたら、警察庁長官の顔が立つ、と本部長に言われる。
翌日朝、竜崎が鎌倉署に着くと、鎌倉署長は既に安達邸に、火事は放火かもしれないと伝えていた。竜崎は、その場で捜査本部の設置を決定する。そして、署長がすでに赴いたにもかかわらず、神奈川県警刑事部長竜崎自らが、安達邸に足を運んだ。
小さな火事のために、鎌倉署に刑事部長、鎌倉署長、捜査一課長その他の実働部隊から成る捜査本部が設置された。
警察上層部は、安達家に事件(?)に充分な体制で取り組んでいるところを見せたい。上層部の末端にいるものは、何とかして安達家に取り入りたい。地元警察は、安達家にほとんど平伏している。これでまともに捜査ができるか、と考えてしまうほどである。
地元では安達邸は有名である。大したことのないことでも、マスコミや野次馬は押しかけてくる。更にユーチューバーまで集まってきて、刑事が絡まれトラブルになる。そこに、安達政孝の秘書から、マスコミやネット投稿者らしい人間をどうにかしてくれ、という電話が入る。
電話に出たのは、鎌倉署の窪井刑事課長である。
<「若殿が何とかしろと言っているんですよ。放っておくわけにはいきません」
「捜査員は安達議員の便宜を図るためにいるのではありません」
窪井課長が驚いた顔になって言った。>(71頁)
返事の言葉は竜崎であるが、窪井と竜崎の、安達家に対する意識の差は歴然としている。だが、竜崎は主張すべきは主張しているが、今回まわりの者と明確な対立を避け、できるだけ相手の意を酌んでいる。
やがてお定まりの殺人事件が起こり、ミステリーの骨格が定まるが、この作品は、竜崎と他の人物の、権力者に対する態度の差から生じるてんやわんやの描き方が面白かった。
もう一つは、サイバー犯罪捜査課の三好基也(みよし もとや)29歳の登場である。
切れ者である。他の者にとっては以外としか思えない、そこで考えられる最高の解決策を示し、実行する。
竜崎が三好に訊く。
<「(略)が犯人だという蓋然性は高いと思うか?」
「(略)と同じくらい動画に多く映っている人物は誰か。自分はそう尋ねられてそれ
にこたえただけですので、犯人かどうかはわかりません」
「まあ、それはそうだろうな」
「しかし……」
「しかし、何だ?」
「無責任なことを言わせてもらえば(略)。(略)していそうな感じです」
「感じか……」
「ええ。ですから責任は問わないでください」
「責任について考えるのは、われわれ幹部の役割だ」
「部長、かっこいいです。同じキャリアでも、うちの課長とは大違いです」>(188-189頁)
思考の組み立てがよくわかる。こういう会話が好きだナア。
<「いよいよ本気になるということか?」
「いやだなあ、部長。今までだって本気でしたよ」>(239頁)
普段の雰囲気がよくわかる。これからの登場作が楽しみだ。
*今野 敏 著 『分水 隠蔽捜査11』
こんの びん ぶんすい いんぺいそうさ11
株式会社 新潮社 2026/1/15
