心許ない灯りにライトアップされる人影。

近づいてみるまで気づかなかったが、舞台の上で胡座をかいている弾き手は、

意外にも女性…女の子だった。20歳前後というところか。

高校生と言われても、学生と言われても、私には区別はつかない。
黒のニットキャップを深くかぶり、白のTシャツと白黒のボーダーの長袖を重ね着し、

深緑のダボついたカーゴパンツを履いている。

髪は長く、キャップから左右に垂れている部分をゴムでまとめていた。

ギターはエレアコというやつで、アンプには繋げていない。

お世辞にも立派とはいえないギターのネックには、

得体の知れない不定形?のマスコットが宙づりにされていた。


変な趣味、それが第一印象だった。

大体において、こんな夜更けに女の子がひとりでストリートライブなんてしているのが、

おかしい。そう思ってしまう私は頭が固いのだろうか。

今時ならば別に不自然なことではないのかもしれない。

確かに、仕事帰りに同僚たちと飲みに使う繁華街なんかでは、

こんな年頃の子よりずっと若い子がうろついてたり、クラブで働いたり、

飲み屋でアルバイトしてたりするのは、珍しいことでは無い。

だがここは、人通りも無いに等しい、寂れた駅の小さな公園だ。

自分の力を磨くにしろ、日銭を稼ぐにしろ、もっと適当な場所がありそうなものだが。

いぶかしく思いつつも、他人のことをとやかく言える立場ではないな、と思う。

真ん中のベンチの左端に、腰を下ろす。普段の自分なら、こんなことはしないだろう。

やはり多少は酒が回っているのかもしれない。気が大きくなっている気もする。

女性はこちらに気づいたようだ。視線が交差する。

だが、特に気にした様子もなく、ギターに手をかける。

調弦を繰り返し、また繰り返し。

黙ってそれをみている、私。にじみ出る汗、思い出した様に吹く弱い風は、なんの救いにもならない。


不意に少女が、何かを差し出す。

「なにか、リクエストある?」

それはボロボロになった大学ノートだった。

彼女の声は、やや低めで落ち着いて響いた。

じめじめした湿気と木々の吐き出すフィトンチッドの混ざり合った空気のなか、

彼女の声は心地よい冷気を含んでいるように感じられた。

冷たく突き放した響きではなく、なんといえばいいのか・・・冷涼感、そんな響きを携えていた。
ボーっとしてしまった私に、動じることなくノートを突き出したままの彼女。

慌てて、ノートを受け取る。

中を開くと、綺麗に整った字で曲目が書かれている。

ノートの半ばまで、ずっとそれが続いている。

パラパラと捲りながら、知ってる曲と知らない曲を選別していく。

彼女はじっとそれを見ている。それに気づき、少し慌ててしまう。


優柔不断な私は、こういう時いつも”コレ”と決めることが出来ない。

ランチでメニューを決めるときも、周りはすんなり決めているのに、

オーダーを取りに来た店員がくる直前まで決まらなかったりする。

最近は、ここの店ではこれしか食べない、と事前に決めておくことで回避するようにはしているが。

ストリートミュージシャンにリクエストする曲までは決めていなかった。


間が空く。こういう間も苦手だ。

「ここにある曲、全部弾けるの?」

空白を取り繕うとして聞く。すぐに間抜けな質問をしたと気づいた。

黙ってうなずく彼女。

弾けない曲をリストにしておくものか。

「譜面見ないと弾けないのもあるけど。」

あと練習中のもある、後ろの方のがそう。と付け加える。

流行のポップス・ロック・バラード・オールディーズ・アニメソング・・・とジャンルは多岐に渡るようだ。

だが、自分自身が取り立てて音楽を必要とする生活をしていないせいか、

大半はタイトルをTVやら雑誌やらのランキングで見かけた程度、

どれが誰のどんなの曲までかは、ピンとくるものがない。

せいぜい、今よりずっと暇を持て余していた学生時代に聞いた曲程度が関の山だ。

そうなると、ますます焦ってくる。「う~ん。」などと、真面目に選別する振りをする自分が情けなく滑稽だ。

彼女はじっとしたまま動かない。こっちを見たままだ。

気まずい。彼女は動じる様子はない。気にならないのだろうか。

焦りが極限に達し、私は適当に開いてページの真ん中あたりをさして、彼女に見せた。

私の指先を見つめる。さっきと変わらない、じっと見つめる。なんだか少し照れてしまう。


私が適当に指定した曲名は『☆ mellow』と書かれていた。

星の意味が謎だったが、今更訂正したり質問したりもできない。

宙を眺めるようにして、それからギターに手をかけ、呼吸を整える。

コッ、コッ、コッ。リズムをとる、随分スローテンポだ。やがてイントロが始まる。

『☆ mellow』という曲は聴いたことがなかった。

牧歌的で、どこか郷愁を誘う曲だった。歌詞も素朴な単語を連ねただけ。

どこか知らない国の童謡や、民謡をアレンジしたものなのかもしれない。

その曲調と、彼女の低めの声はよく合っている、とか思う。

音楽の専門知識なんてほとんどない自分には、その評価が正しいかどうかも自信はない。

季節感も、時間帯にもあまり則してないような曲だったのだが、

暑苦しい夏の夜を忘れるには十分魅力的で…そう、いい曲だった。素直にそう思った。