王様は、何もかもを許せない人でした。

人ではないかもしれません。

人の姿をした人でなし、魂無き王、そんな風に影で謗る人もいました。


王様が王位継承権第三位の位置にいるとき、彼は一位と二位の兄君たちを殺しました。

自分より順位の上の兄君たちを許すことはできませんでした。ついでに弟も妹も殺しました。

晴れて王位継承権第一位となった彼は、今度は自分の父親を手にかけました。

自分より偉い王など、彼には必要なかったのです。ついでに皇后も殺しました。

こうして王様は、この国で一番偉くなりました。

ですが、王様は王位を手に入れても変わりませんでした。

次には、隣の国の存在を許せなくなりました。

直ちに兵を挙げ、隣の国を攻め滅ぼします。

次には、左隣の国を。上隣の国を、下隣の国を。

領地を広げたら、また隣の国を飽きることをしらないかのように、王様は攻め、滅ぼし続けました。

そうして、大陸を統一して、巨大な国の王様になりました。

それでも王様は、常に満足してはいませんでした。

何一つを、許してなんておけないのですから。

しかしながら、何もすることがなくなってしまった王様は、

何を許さないでいたらいいのか分からなくなりました。

でも、この気持ちは消えないままです。


馬にまたがり、家来を引き連れ、領地を回る王様。

農村の畦道でボロを纏った子供が言います。

「王様は、なぜそんなに許せないのですか?」

子供の言葉には研ぎ澄まされた刃が潜んでいました。

家来たちは慌てて子供をひっ捕らえます。

「なぜ?そんなこと、俺が知るものか。」

地べたに抑えつけられた子供を見下ろしながら王様は聞きました。

「じゃぁ、許せるものはあるのですか?」

組み伏されながらも、子供は必死に聞きます。子供の瞳には、黒い炎が宿っていました。

「なんでボクたちの国を・・・。」

王様はくぃっと片手を振り上げ、手下たちに合図します。

子供は許されませんでした。

王様に語りかけることも、質問することも、文句を言うことも、存在することも。


王様には后がいました。77個目の隣国を滅ぼそうとした際に、その国の国王が姫を捧げる代わりに

降伏を申し出たのです。姫はこの大陸では知らぬものが居ないほどに美しい姫であったといいます。

王様は、姫にききました。「お前は俺と結婚させられるんだぜ?」

姫はいいました、「いやです」と。王様は倣岸に笑ったといいます。

「それは許されないぞ。」そう、不遜に言い放ったといいます。

そして、姫は王様の后にされたのです。勿論、王様は降伏を願い出た隣国を攻め滅ぼしました。


王様は自分の子供を許すことも、できませんでした。

「俺と同じ血を持つものなど、居てもいいはずがない。」

王様は狂ったように泣きながら、そう呟いたと言います。

王様は、王子がこの世に生まれてくることすら許しませんでした。

后は泣きました。「死なせて。」

王様は言います。「それは許されない。」

后は血の涙を流しながら、「自分で身篭らせておきながら、なんと恥知らずな!人でなしの王め!」
それだけ言うと、離れの塔に引き篭もり、出てくることはありませんでした。


王様は、兵たちに言いました。

「植物を、動物を、村人を、町人を、子供を、大人を、男を、女を。

風が運ぶ春の匂い、照りつける日差し、去り散る草花、降り積もる雪。

何もかもを。

植物を焼き払え。動物を狩りつくせ。領民を殺せ。」

兵たちは納得できませんでした。

「反逆か?それは許されない。」

兵たちは、恐ろしい王様の命令に背くことはできませんでした。

次に王様は、近衛たちに言いました。

「兵を殺せ。官僚を殺せ。大臣を殺せ。」

近衛長は恐る恐る、王様に聞きました。

「それが終わったらどうなさるのでしょう?」

近衛長は、即座に首を落とされました。

怯える近衛たちに、王様は言いました。

「それが終わったらだと?もちろんおまえら近衛が自決するんだ。」

たまったものかと、近衛たちは王様に反逆の刃を向けました。

王様は「俺に刃を向けるなどと、許せないにも程がある。」そういって近衛たちを皆殺しにしました。

王様は、何よりも強かったのです。万の民よりも、千の兵よりも、百の近衛よりも、ずっとずっと強かったのです。

そして、王様は城内に一人になりました。


遠くの外では、兵たちが恐怖に駆られ、気が狂いそうになりながら、

自国の領土を、領民を滅ぼしている音が聞こえます。

剣の打ち響く音、銃の発砲音、大砲の炸裂音、逃げ惑う人々の声、気勢を上げる兵の声。


王様は玉座で一人、ただただ涙を流し続けました。


王様は気がつきませんでした。外の怒号にかき消されてしまったのかもしれません。

玉座の間に、微かに衣擦れの音がしたことを。

王様は気がつきませんでした。城の外から伝わる虐殺の空気に飲まれてしまったのかもしれません。

玉座のすぐ背後に気配があったことを。

そして王様は気がつきました。

いつからか背中の一点が灼けるように熱いことを。それとともに激しい痛みを覚えました。

玉座を立ち、振り返ると、そこには黒い影が立っていました。

ボサボサに振り乱された髪、透き通るほどの白い肌。黒いドレスに身を包んだ后がそこには立っていました。

左腕の先からは、ヌルヌルした赤いものが滴っています。

王様は、更に気がつきました。自分の背中にはナイフが突き刺さっているのだと。

王様は背中から、ナイフを引き抜きました。

自分の身体から、勢いよく赤い色をした命が流れ出ていくのがわかります。

手にしたナイフの銀と赤の煌きが、一瞬どこかで見かけたような子供を頭に映し出しました。

あれは、どこだったか・・・、そんなことを思い出そうとしていると、

いよいよ身体が痛みだけに支配されてきました。

王様は耐え切れず、玉座へずり落ちてしまいました。玉座から更に下へ。無様に地面に転がります。

后は、安堵の表情を浮かべていました。

王様が今まで一度も見たことがない、安らかで清らかな天使のような笑顔でした。

見られることなどひとつも意識していない后の姿と、その笑顔とは遠くかけ離れていましたが、

やはり、それは美しいと評されるものでした。

かすれる視界の中で、后を捉えた王様は呟きます。苦しそうに。途切れがちに。


「俺は最初から全てを許すことができなかった。

だから俺には、二つしか選べなかった。

全てを許さないでいるか、俺自身を許さないでいるか。

その二つしか道はなかったのだよ。」


だから・・・、そう続けようとしたところで、王様は息絶えたました。


「王様・・・」

后はじっと、王様の骸を見つめています。


城の外では、王様の死を知らぬ人々が、まだ闘争を続けています。

阿鼻叫喚が響き渡る、この世ならぬ地獄絵図を作り続けているのです。


「王様、あなたははじめて許すことができたのですね。」

后は、命尽きた王様にそう語りかけ、玉座の間をあとにしました。

王様は、穏やかな笑みを湛えていたといいます。


-了-