あれは昨年の8月、うだるように暑い日のことだったと記憶している。

夜半をすぎても、生ぬるい大気が身にまとわりついてくるようなそんな日が、終わろうとする頃だった。
私は、都内にあと2駅ほどという距離の、発展しきれていない町にいた。

J駅。2階構造の構内を出ると、丁度陸橋の中腹にでる。

ガードレールの向こうには主を迎えに着たであろう軽自動車が一台、ハザードを焚いて路上駐車していた。

昼間はさぞ車通りも激しいのだろうが、私が見た限り、今の所車が通る気配はない。

私と同じ電車から降りたであろう人々はせかせかと私を追い抜いていった。
ぶらぶらとだらしなく歩みを進める。酔いが頭に回るほど飲んではいない。

今日は同僚の送別会だった。今月末で寿退社する、長澤さん。

お腹には3ヶ月の赤ちゃんまでいるそうだ。聞けば旦那は私と同い年だという。
羨ましい話だ。
片や家庭を手に入れた28歳、片やひと月前に彼女に捨てられた28歳。

しかも未練たらしくまだ想っていたりする。

みっともないとは思いつつも、踏ん切りをつけることもできないでいる。
長澤さんを羨ましく思う気持ちを心に抱きながら、皆と一緒に今までの働き労った。
妊娠中の長澤さんの代わりに、課の若い男衆が、課長の杯を代わる代わる受ける。

大別すれば、下戸の部類に属する私は、最初の1、2杯で難を逃れることができた。
その後は、ただの飲み会になってしまった。

長澤さんは、ダシに使われることがなくなりほっとした顔で気楽に女子社員たちと語らい、

課長はとりまきを囲み説教をし始め、私はその他の中に紛れ…。
二次会も企画されたが、私とほか数名は丁重にその誘いを辞し、帰路についた。
地下鉄を2つ乗り継いだ後の電車内で眠り込んでしまった私が、

気がついたのは下車するべき自宅最寄り駅を3つほど過ぎたj駅に乗り入れる時だった。
ホームに降り立ち、自分の粗忽さを呪った。
上りの電車はしばらくこないようだ。

見慣れぬ駅で降りてみよう、などと思ったのはただの気紛れだ。
明日は土曜日で、休みだから、急いで家に帰る必要もない。

小腹も空いているし、ラーメンでも食べていくか、という程度の軽い心づもりでいた。

住処のほんの3つ先の駅というだけなのに、全く土地勘が働かない。

どこも似たような駅、駅前だろうと高をくくっていたが、期待は見事に裏切られた。

仕方なく、陸橋を下りだしはしたが、行き先は気まっていなかった。

ぶらぶらと足取りも重く、引き返そうかと考え始めていた。

その時、不快な風に乗ってギターの音が聴こえる。

途切れ途切れなメロディーが耳に届く。

どこかで聴いたことがある、でも思い出すまでには至らない。

微かな旋律を頼りに、陸橋をやや早足で歩く。

ややもすると、小さな公園を視界に捉えた。

街灯も疎らな、緑に覆われただけのうすら淋しい公園が、陸橋の上から見下ろせた。

陸橋が下り始める横脇に階段が生えだしている。

ゆるやかなスロープを行くより、公園には近い。

曲はもう途切れることはなく、正しく連なった旋律を成していた。

歌は…聴こえない。弾き語りではないのか。

ああ、この曲、すぐそこまで出掛かっているのに。

などと考えながら、足は誘われるように公園の中心へと進んでいく。


両脇に等間隔で列を成している名も知らぬ木々。

でこぼこと木の根に盛り返され始めているアスファルトを行くと、

開けた場所に舞台がひとつ。囲むようにベンチが3つ、円形状に配置されている。

舞台といってもたかだか10数メートルの扇状で、一体何のためにあるのかわからない。

もしかすると公園の竣工を祝う式典、ただそれだけの為に作られたのかもしれない。

さもなければ、線路沿いの住宅もまばらな地に、どうしてこんな舞台などがいるのか疑問だ。

そもそも、こんな所に公園を作る意味なんてあったのか。

ひねくれた推論はともかくとして、公園は、舞台は、そこにきちんと存在している。

理由なんて知る必要はない。そして、意味はある。

今目の前に、ギターをかき鳴らし終えたストリートミュージシャンがそこにいる。

結局、最後まで聴いても曲名はおろかアーティスト名すら思い出すことはできなかった。