図書室前に着いた私は、神妙になりながらそのドアを開けた。
私の中で、図書室は神聖な場所になっている。
なにか特殊な空気を持つ、別世界への入り口。
学校には、そういう場所がいくつかある。学校の中の切り取られた空間。
放送室。映写室。化学準備室。使われなくなったプレハブ(昔校舎立替の際に使った架設校舎、今は物置。)
要するに、あまり立ち入る機会の少ない場所が、イコール特殊な場所に感じられてしまうわけだ。
体育用具倉庫はダメだ、神聖さとはかけ離れている。
黴臭さと汗臭さと石灰の粉っぽい空気が充満しているだけ。
ガラッとドアの下のローラーが音を立てる。教室と一緒の造りのクセして、なんだかいい感じに響く。
古びた書物の独特の臭いが私を包む。
狭い室内に聳え立つ書架群。(勿論教室なんかよりは広いが。)
窓際に大きなテーブルが3つ。反対側の壁沿いには個別の机と椅子が10席程度あったろうか。
私の予想していた光景に反して、図書室内には何名かの生徒が見受けられた。
司書の先生しかいないと思っていたのに。
どうやらみんな三年生のようだ。三年になると同時に、学校の授業というのはとても空疎になる、らしい。
自習時間や受験対策の模試もどきが横行し、授業はそっちのけになるみたいだ。
ウチの学校は進学校という位置にはいないが、やはり進学が主な進路になっている。
真面目に受験に取り組もうとする生徒は、自分の世界を作り、試練に立ち向かう準備を重ねる。
図書室に居場所を見つけた兵たちが、今、ここにいるという訳だ。
全てが全てと言い切れないけど。音楽を聴きながら、『Newton』なんて読んでるヤツもいる。
残念ながら、自分が図書室の王様になったような気分を味わうことはできなくなったが、
そのおかげで司書の先生には、今日だけで何度もしてきた説明をしないで済んだ。
テーブルの席にはまばらに先客たちが陣取っていたので(誰一人、隣通しには座っていない)、
壁沿いの席を物色しに行く。こちらも何人かの先客は見られたが、規則的に一個飛ばしに座っていたので、
前から4番目の席を自分のものと決めた。
例えしきりがあっても、連続して詰めて座る気にならないのは、日本人気質でしょうかね。
私も、その一員だけどね。テーブルに座るより、個席の規則性をぶち破る方が断然気楽だ。
席を決めたとはいえ、手ぶら状態の私は腰を落ち着ける前に、読み物を物色することに決めた。
伝記、参考書、学術書、学術文庫・・・雑学、スポーツ、写真集、卒業アルバム、新聞・・・。
暇つぶしにはやはり、文芸でしょう。と思いつつも、学校の品揃えは町の図書館や書店などには、
遥か遠く及ばない。いわゆる名作文学やら、昭和期以前の大家の小説やら詩集やらしかない。
そんなものは、小中学生時代に一通り読み倒してしまったし、未読なものは読みたいと思わないものだ。
これから先もよほどのことがなければ読まないだろう。
ええぃ、なんで『Newton』はあるのに『ムー』は置いてないのよ。
そそる本が見つからず仕方なく、物理学の「わかりやすい相対性理論」という専門書だか、
雑学本だかわからない大判サイズの本を引っこ抜いて席に着く。
これなら真面目に読みだせば、数分と立たないうちに眠りに落ちることは間違いない。
あと2時間、ここで寝て過ごせば今日の業務は終了だ。なんと甘く怠惰な時間!
そういう訳で、私は神聖な図書室でその庇護を一身に受けつつ、安らかな惰眠を貪りまくることに決めた。