3階に降り、渡り廊下を進む。さっき全力疾走を開始した廊下だ。今度は優雅に歩いて進む。
2時間分、私に与えられた猶予。特に目的もなく、課題もない。無駄遣いするにはもったいないというもの。
廊下の突き当たり、十字路にさしかかる。右手側が私たちの教室がある方角。
直進して階段を降りるか、左折して先にある階段を降りるかすると図書室方面にたどり着く。
どちらも距離は変わらない。ルートが違うってだけの話。
階下は学年が違う。なんだか良く分からないけど基本的に立ち入らない、立ち入れない。
テリトリーというか、住み分けというか。まぁ、みんなそうしてるから、そうなっているのかな。
そんな訳で、左折して進むルートを選択する事にした。
シンとした校内。
教室の前を通る度に、くぐもった声が聞こえる。
一方的に話す教師。聞く生徒。
微かなざわめきしか聞こえない教室もある。小テストか、問題でも解かせているのか。
なにか、落ち着かない。閉鎖空間である学校。
非日常、でも誰もが経験する日常。その日常を逸脱する、更なる非日常。
保健室で寝て過ごしたり、立ち入り禁止の屋上に忍び込んだり。ワクワクする、というのとはまた違う。
どうでもいいような事を考えながら歩いていると、前方に何名かの生徒が一列に教室の前に
立たされている事に気づく。男子のようだ。ゴシックな。
どんなマヌケたちだろうという野次馬心と、授業中に徘徊する私がどう思われるだろうという気まずさが
ごっちゃになる。だが、そのどちらも不要な心配だったとすぐに気づく。
どうやら立たされ坊主は、毬栗田中を筆頭に昼休みにすれ違った面々のようだ。
「何やってるの?」
我ながら少し意地の悪い質問だ。
「あー、中西さん。」
「間に合わなくってさ、さっき。」
「田中がグズグズしてるからいけない。」
「う、ごめん。」
私もギリギリだったしね。
「中西さんは何してんの?」
「間に合わなくてサボリ?」
一緒にするな。
「私は、ほら。目、怪我してて。美術なんだけど、絵描けないのよ。」
「へー。」
で、図書室行くのよ。と付け加える。
「やっぱり田中のせいだな。」
「えぇ?」
「つまりは諸悪の元凶って訳だ。」
「無害な面しやがって、とんだ悪者だな。」
「そんなぁ。」
とても情けない顔して、毬栗が凹む。
「ばか、冗談だよ。」
「ホント、クソ真面目だよな。」
「ああ、からかい甲斐があるな。」
あはは、と声を合わせて笑う三人。バカはオマエらだ、そんな大声で笑ってると。
「立たされてるのが、そんなに楽しーかぁ?」
彼らの立たされている後ろの窓が急に開け放たれる。
竹丸先生がニヤニヤしながら顔を出す。目は笑ってない。
「お?君は…中西じゃないか。何やってんだ、授業は?」
先ほどした説明を、今度は竹丸先生に繰り返す。
「そうか、じゃあ早く行きなさい。バカの相手なんかしてないで。」
「ひでー。」
「可愛い教え子に向って。」
「担任だろうが。」
口々に罵る3人組。田中は申し訳なさそうに縮こまっている。
「うるさい、オマエらはもう暫く立ってろ。」
「横暴だ。」
「体罰教師だ。」
「授業料払ってるのに。」
引かない3人。
「じゃぁ校庭でも走ってくるか?」
「立ってます。」
「立たせていただきます。」
「ボクら立ってるの好きです。」
手のひらを返す。現金なヤツらだなぁ。
「よしよし。じゃぁ中西、お大事にな。」
そういうと、竹丸先生は窓をピシャリと閉めて授業に戻ってしまった。
やはり面白い先生だな。先生というよりいい先輩ってカンジだ。
生徒から好かれるのも分かる。距離が近すぎてやや舐められがちにも捉えられるが、
それだけ親近感を持たれている証拠だろう。やはり、いいなぁ、なんて思ってしまう。
「ちくしょー、竹丸め。」
「職権濫用だな。」
「ここはひとつ教育委員会に・・・。」
へこたれない3人、なだめる毬栗。
自分たちが目算を誤って遅刻したせいだろうに。挙句口答えなんてするからだ。
まぁ、私が通りかからなければ良かったのだろうけど。
そう思うとちょっと気の毒だ。
「じゃぁ、私図書室行くわ。」
これ以上ここにいても仕方ない。喋り続けて竹丸先生が本気で怒り出しても面白くない。
「えー。」
「もういっちゃうの。」
「帰りも寄ってねー。」
授業終わるまで立ってるつもりか、こいつらは。ある意味こいつらも面白いな。
「じゃあね。田中君もまたね。」
「あ・・・はい。」
ぎこちなく笑って手を振る毬栗。陽気な3人とは対照的だ。変な組み合わせ。
まぁ、バランスがいいのかもしれない。
3組を後にして図書室を目指す。後ろから嬌声が上がる。まだジャレついてるらしい。
また竹丸先生に時間を追加されるのはすぐだろうな。もしくは本当に走らされたりして。
笑いがこぼれてしまう。滑稽な4人組のランニング。きっと田中はとばっちりを食うだけなんだろう。
ニヤつきながら廊下を突き当たる、右手に折れると階段。図書室は1階にあり、この階段を降りてすぐだ。
階段を下る途中で学年の違う教師と一人すれ違ったが、特に問い詰められたりはしなかった。