今年も曇り。去年は雨。その前は曇り。その前の前は…。
一年に一度の逢瀬の日が、ここ何年もご無沙汰だ。
まったく、閏年どころの話じゃないわね。
織姫は憤慨する。
天気に八つ当たり。
恋しい想い人に会えず、身を焦がすようなことは、2年目で飽きた。
しかし、天気も天気なら、牽牛も牽牛だ。
大体、天の川が増水したからなんだというのだ。
星々が隠されたからといってなんだというのだ。
男だったら、なんとかすればいいのに。
方法なんていくらでもあるだろうに。
織姫はいい加減、愛想が尽きている。
男女の色事には多少の強引さがあってもいい、そう思う。
ましてや私たちは、夫婦の契りを交わした仲だ。
何年も何年も引き裂かれた上に、年の一度の”お楽しみ”さえ奪われ、何を楽しみに生きろというのか。
牽牛はそれで平気なのか?どんな手を用いてでも愛に来るのが男の務めではないの?
例えば、昨日のうちに下界からモーターボートでもなんでもかっぱらって来るとか。
どうにでもして此岸に渡ってきてしまえばいいのだ。
律儀に日付を守ろうが守るまいがかまわないが、
此方で一晩身を潜めてればいい話ではないか。
まったく、応用力がない。
これだから牛飼いなんて。
真面目に働く事を思い出した牽牛は、きっと今宵も可愛い牡牛牝牛と戯れ、
「ああ、今年もダメだったよ、はあぁぁ。」なんてやっているのだろう。
カササギもカササギだ。
たかが増水程度で橋を作ることをしない。
あいつの毎度のいい訳はこうだ。
「いやー、姐さん。今年もキビシイね。オイラの力じゃあ、この川は渡れねぇや。」
毎年毎年、腕を磨きもせず。所詮はやっつけ仕事か。
文句を付けてやった事もある。
平然とした顔でカササギは言った。
「オイラにも本業ってもんがあるんでね。橋の事だけにかまけてる訳にはいかないんスよ。」
悪く思わないで下さいな、そう言い残し飛び去っていったカササギの面はよく覚えている。
天帝も天帝で、いい加減許してくれてもいいとおもう。
ちょっと恋にうつつを抜かしただけで、この仕打ちだ。
そりゃ確かに、ちょっとハメを外しすぎたとは思わなくもないけどさ。
いやいや、恋の始まりなんて誰だってそんなもんだろう。
程度の差あれ、ポッと浮かれてこの世の全ての幸福を身に受けているような・・・。
自分だってそういう感情に駆られ、母と二人で私を作ったのだろう。
私の気持ちだって分からない事はないはずなのに。
なぜ娘の事となると男親というのは、かくも頑なになってしまうのだろう。
まぁ、実際他の原因もあるのは知っている。
父は体裁を気にして入るのだ。
私たちは、あの「七夕の織姫と彦星」なのだ。いわゆる、純恋と悲恋の象徴。
幼子にとっては、なんと「願いをかなえてくれる神様」扱いだ。
まったく、冗談じゃない。・・・悪い気もしないんだけどね。
幾歳月が流れても、お気軽お手軽に頼れる伝説として下界の民には人気があるわけだ。
信仰や信心というほど、深く重たいものでもないから、
短冊に載せた思いが叶おうが叶うまいが、さして気にすることでもない。
ご都合の良い見世物パンダって訳。
父は、そんな象徴としての私たちをそのままにしておきたいだけなのだ。
自分がヒールでも、七夕信仰がカタチだけも残ってくれればいいだなんて、
なんだか泣かせるじゃないの。
でも、そんな都合で引き裂かれている私たちは、まったくいい迷惑だ。
あーあ。毎年こんな事ばかりに思い煩わされて、面倒くさいったらありゃしない。
いっそ、牽牛なんて忘れてどっかのIT社長でも引っ掛けてしまおうか。
机に突っ伏す織姫。傍らには笹、色とりどりの飾り。五色の短冊、金銀砂子。
短冊には何も書かれていない。願いを叶えて欲しい人用のものは外に腐るほど乱立している。
これは織姫用のものだ。
願いを叶える当人にそれを渡すとは。まったく、バカにしている。
書いたところで、私の願いを聞いてくれる人なんていないのに。
あーあ。
また、溜息が突いて出る。
無性に悲しく、虚しくなってくる。
でも・・・。
手を伸ばして赤い短冊を笹から取る。
戯れなのは分かってる。寂しい慰みなことも。
書き上げ元の位置に結び直しておく。
らしくない、と頭を振り立ち上がる織姫。
気晴らしに外に出る。
眼前の景色を全て遮る無数の笹、笹の葉、ゴテゴテの装飾。
掻き分けて前に進む織姫。
天の川の岸までやってくる。
やはり、川はこれでもかというほど勢いを増していた。
あーぁ。
また溜息。
河原に腰を下ろす。ごうごうとうねる天の川。別に星の塊が流動している訳ではない。
フツーに水で、川だ。
小石をいくつか拾い、川に投げ込む。
一瞬の波紋。
続けていくつか投げる。
激流の音に、投石の音はかき消されてしまっている。音は帰ってこない。
なにやってんだろうなぁ。
涙が一粒だけ、落ちる。
たまらなく叫びたくなる。
「牽牛の馬鹿野郎!唐変木!!朴念仁!!!」
その声も彼岸には届かない。川の流れが全ての音を掻き消す。
どっと虚無感と脱力感に襲われる。
ボーッとそのまま座り込んでいた。
橋の架からない川。会えない私たち。浮かれる人々。
憎々しく、川を見やる。気づかない川。気にしないで流れ続ける川。
ふと、彼岸に現れる、人。
牽牛!
始めは砂粒程度だった人型が次第にくっきりしてくる。
しかし、天の川が隔てる距離は遠く、おぼろげにその姿を捉えられる程度だ。
牽牛もこちらに気づいたようだ。手を振っている。
応えるべく、織姫も必死に手を振る。
お互い、呼び合うがその声は、やはり届く事はない。
牽牛は何かを取り出し、掲げる。
それは笹だった。おそらくきれいに豪華に飾られた、笹。
それを振る牽牛。全力で一生懸命振っている。
金、銀、赤、青、白・・・様々な光がキラキラと輝く。人振りごとに星が散る。
右に左に、尾を引き舞い散る光。
ピョンピョン跳ねだす、牽牛。
その姿がおかしくて織姫は思わず噴出してしまう。
ちゃんと見えてるよ。
牽牛は、あの願いを叶える役が私たちだってわかっているのだろうか。
滑稽な牽牛を、暖かい眼差しで見つめる織姫。
やがて流れる一滴、二滴。再び、熱いものが胸に宿るのを感じる。
-了-