気がつくと時計は16時を半ば過ぎていた。
「そろそろお暇します。」
刺激されだした胃袋を埋めるために引っ張り出してきた煎餅の、最後の一枚を私が齧り始めた時、
毬栗が切り出した。
「そう。」
確かにボチボチ、戦を終えた母達も帰ってくるはずだ。頃合だな。
病院での母の剣幕を考えると、毬栗が上がりこんでいるのはあまりうまくない事態を引き起こす。
まぁ、母も大した事ない怪我と分かって楽観的になってはいるから、問題はないかもしれないが。
「お見舞いに来たのに、すっかりお邪魔しちゃって。すいませんでした。」
玄関で靴を履きながら謝る。
「いいよ、退屈だったし。ありがと。」
「じゃ、さようなら。お大事に。」
「バイバイ、また学校でね。」
律儀にペコっと頭を下げて、ワテワテと出て行く。
本当に同級生か。どう見ても年下にしか見えない。
それは他の男子も似た様なものなのだが。どうしたってこういう時期は女の方が精神的には大人だ。
理由は知らない。でもそうなのだ。これからもきっとそう。
毬栗を見送り、居間に戻る。食い散らかした残骸を片す。
バラバラにされた蜜柑の皮は、五重塔のように積み重ねられていた。あるいは賽の河原の小石積みか。
いつの間にそうされたのかは分からなかった。雑なのか律儀なのか。
流しの三角コーナーにゴミを捨てたあと、コップを洗う。
キレイに拭いて棚に戻す。
残された果物たちをどうするか思案しているときに、戦人がお戻りになられた。
「ただいまー。」
ドサッ、っという音が続く。戦果は上々、首級がてんこもりのようだ。
「ちょっと手伝ってー。」
玄関に向い、大将をお迎えする。予想通りに、そこにはいくつもの白いビニール袋や紙袋が山となっていた。
「ただいま。」
もう一度繰り返す。
「おかえり。たくさん買い込んだね。」
「ついついね、家の事気にしなくていいと思うと楽しくなっちゃって。」
「はー。そーですか。」
食料品だけではなく衣料品や生活雑貨も見受けられる。
デパートを隅々まで駆け回ったようだ、その姿はさぞ勇ましかったことだと思う。
ドタドタと荷物を持ち、居間へと向う母。「はやくはやく、お魚痛んじゃう。」
「はーい。」
こちとら怪我人だぞ。この包帯グルグルの麗しくも痛ましい姿が眼に入らぬか。
野菜がギュウギュウに詰まった袋と、魚や肉、加工食品などがまとめられた袋を持ちキッチンへと向う。
黙々と冷蔵庫へと詰め込む。機械のようにテキパキと選別し、冷蔵庫、野菜室、冷凍庫、適材適所に放り込む。
任務に従事する片目の機械。それが今の私。
カウンターを挟んだ向こうでは母が紙袋を逆さにして中身をぶちまけているようだ。
きっと、ひとつひとつ手に取り、ひとりで”うんうん”などと得心しているのだろう。
「あら?誰かお客さん、きたの?」
母は問う。テーブルの上の果物籠に気づいたのだろう。
「ああ、うん。お見舞いに来てくれた。」
「誰?クラスの子?」
「ん、田中くん。」
「田中くん?ああ、ボールぶつけた男の子か。ふーん。」
予想した通り、母の怒りはおさまっていたようだ。重畳重畳。
「意外と律儀な子ね。」
「そうだね。」
適当に返事する。
「慰謝料でも持ってきてくれればいいのに。」
ほほほ、と笑う母。
「そこまで大げさなことじゃないでしょ。」
苦笑する、私。
「まぁね、一生モノの傷でもつけたら慰謝料程度じゃ許さなかったけど!」
実際は、大したこともない打撲と擦過傷程度だった訳だから、こんな母の軽口も出てくるわけだが。
「でも、誰もいないときに男の子を上げたなんて聞いたら、お父さん怒るわよ。」
「あの田中君がなんかできる訳ないじゃん。」
「まぁねぇ、あの気の小ささじゃね。」
「そうよ。」
病院での出来事を思い出して笑っている。自分だってケツアゴと慌てふためいていたくせに。哀れだぞ、毬栗。
「でも、男の子だからねぇ。」
ニヤニヤと下卑た笑いを湛えてこちらを見やる。
「お母さん!」
まったく、昼ドラの見すぎじゃないだろうか。
いや、この手のオバチャンは妄想力豊かなのだ。ど
このオバチャンも似たり寄ったりなのだ、そういう台詞を吐く決まりなのだ。
ムキになっちゃって怪しい~、などといいながら、戦利品を抱えて居間を出る母。
『男は狼なのっよ~。』などと口ずさんでいる。