表れる、画面一杯の毬栗。

立ち位置を知らない毬栗はせわしなく身体をゆすっている、だろう。

頭しか見えないからわからないけど揺れてる。

「はい?」

「あ、中西さん。田中です、野球部の。お見舞いに来ました。」

わかってるよ、毬栗クン。ご丁寧に、これだから体育会系は。

「お見舞い?いいよ、そんなの。」

「いや、そう言うわけには・・・やっぱり。」

体育会系のくせして歯切れが悪い。

・・・。

・・・。

まぁ無碍に返すのも悪い気もする。なにより私は退屈している。

「じゃ、ちょっと待ってて。」

そう言い、インターホンを切る。玄関に向い、閉ざされた世界を開放する、殊勝な毬栗のために。

「あ、ども。大事ないでしょうか、中西さん。」

「平気よ、そんな気にしなくて。ほら、フツウに元気だし。」

「そうですか、よかった。」

「ま、あがりなよ。誰もいなくて暇だったんだ。」

「え。」

一瞬にして、毬栗が汗をかきはじめる。なんだこいつは。

「お家の人は?」

「でかけた。私、留守番だったんだ。だから退屈してたとこなのよ。」

「・・・。」

逡巡する毬栗。要らない心配に頭を巡らせているようだ。

「あの、これお見舞いの品です。やっぱり、帰ります。」

「どーも。果物?」

「定番ですいません。」

何を謝っている?

「ふーん、なんか悪いわね。やっぱさ、上がっていきなよ。」

「いや、そういうわけには。」

「いいじゃん、お茶淹れるから。一緒に食べない?」

そういって、毬栗を居間に引っ張りこんだ。

無理矢理引きずって、座布団の上に収めてやったら観念したみたいだ。

ダイニングキッチンへと向う。

「・・・何がいい?」

「あ、なんでも。」

「そ、じゃぁ烏龍茶ね。メンドいから。」

それにフルーツには紅茶も珈琲も合わないだろうな、と今更思い至った。

「はい、すいません。」

こういう手合いはなんですぐに、”すいません”なんだろう。日本人的というか。謝罪より感謝を。

冷蔵庫を開け、ガラスのポットに入った烏龍茶を取り出す。コップに注ぐ、2つのコップ。

「あっ。」

うまくいかない。隻眼の弊害がこんな所にもあったとは迂闊だったわ。

幸いというか、各一回ずつこぼしただけで済んだ。

烏龍茶のこぼれたシンクを一吹きし、コップをキッチンペーパーで拭う。

「どうかしました?大丈夫ですか?」

毬栗田中が、心配そうにこっちを伺っている。

「あ、いや。ちょっとこぼしただけだから。」

コップをお盆にのせて運ぶ。慎重に。運ぶ。

「うーん、しかし困ったわね。」

茶を毬栗に勧めながら、自分の座布団に座る。

「何がですか?やっぱり眼が…。」

シュンとなる毬栗。気にしすぎだってのに。

「いや、違くて。ああ、違くはないけど。」

「?」

「果物、さ。この調子だと多分切って出せないわ。」

血染めでいいなら出してやってもいいけどね。でも、そんなの誰も食べたくない。

「じゃぁ、自分が。」

と、毬栗。止める私。

「いいよ。なんか手軽に食べられるのでいいでしょ。」

そういって、フルーツ籠の均衡をぶち壊す。

バナナ、季節外れの蜜柑。これくらいか。

メロンやらリンゴやらはスルー、パス。

ホントはちょっとメロンが食べたい。ジューシーな果肉、広がる甘さ、・・・高価なイメージ。

蜜柑を取り、剥く。親指を下に差込み、引っ掛けて剥く。

五分割で剥ぎ取るのが私の流儀。蜜柑に対する礼儀。

裸にされた果実。星型というよりヒトデ型になった抜け殻。

同じく蜜柑を手にした毬栗に絶句する。ヘタの方からむき出した上に、

一枚一枚バラバラに皮を剥ぎ取っている。ああ、無残な蜜柑。可哀想に。

お前の頭をそんな風にかち割ってやろうか。どんな教育されてきたんだ!

まぁいいか、人それぞれだ。

私の蜜柑に対する愛し方にだって殺意を覚える人がいるかもしれない、どこかこの世界に。

「そういや、田中クン。なんでこんな時間にこれたの?学校は?」

「はぁ。今日は午後からなんか先生とか、教育委員会とか、よくわかんないですけど集まりがあるみたいで。

6時間目以降はカットなんですよ。部活は休ませてもらいました。」

そんな知らせが2日前くらいにあったような。なかったような。

「昼休みに中西さんの教室行ったら休みだって言うので、それで。」

「ああ、そりゃあ悪かったわね。休むまでもなかったんだけどさ。」

再び、沈黙。

「そういや田中クンて何組?(っていうか何年?)」

毬栗も先輩づけしないし、どこかで見かけたようなことがあることはあるはず…だ?

全員坊主という古式伝統を守り続ける我が校の野球部は、どいつもこいつも似たような頭だから。

田中を見かけたことがあったのか、似たような毬栗をそう認識していたのかは、私自身定かではない。

「え、ああ3組です。」

「あ、じゃあ担任は・・・。」

「竹丸先生ですね。」

よかった、同級生だった。知らなくてゴメン、毬栗。

私の学年の1、2、3組とそれ以降のクラスは校舎が別々なのだ。

私のクラスは7組で、階層こそ一緒なものの、やはり田中のクラスとは離れている。

それに私は、あまり他のクラスを行き来したりすることもない。

多分そんな薄く細い関係の中で、毬栗と廊下ですれ違ったり、視界の角に入ってきたり、

入ったりすることが何度かあったのではないかな。どうだいワトスン君。

「いいな、私なんか7組。飯尾だよ。」

竹丸先生は、とても人気のある先生だ。今年3年目の、教師としては新人に類される竹丸先生は、

若く、中々いい顔立ちをしている。すごいイケメンという訳ではないが、

目鼻立ちが整っている。ちょっと張り出したエラが難点といえばそうだが。

それに男子女子両方のテニス部の顧問をしているだけあって、いい身体つきもしている。

ファンやそれ以上の感情をささげる女子生徒は少なくない。

対して我が担任、飯尾はあまりいいヤツじゃあないといえる。

どこにでもいるようなオバサンだ。

ヒステリックで、デブというほどじゃないが小太りで。攻撃的な輪郭の眼鏡をかけた、40近い独身女。
何がそんなに気に入らないのか、というくらい毎日、常時不機嫌そうな顔をしている。

何より、宿題の量がハンパではない。
ババアババアと罵られるのも無理はないお人柄だ。

それから少しの間、飯尾の悪口を言いあって、各々のクラスの話なんかをしたりした。

共通の友達はいなかったが、野球部の事や前の試験の事やら学年旅行の話やらで、

話が途切れるような事はなかった。

お互いまったく知らなかった人間でも、共通基盤があればなんとかなるものなのだ。

かくして、毬栗の来訪により私の空白の時間は有意義なものになった、・・・と思う。