まだ九月だというのに、日が沈むと少し肌寒い。吹きさらしの喫煙所、ここが唯一気の休まるところ。

「・・・寒いな。」

 独り言ちて誰も来ないのを確認すると、ベンチで膝を抱える。体育座りは、落ち着く。
 今日は朝から気分が冴えなくて、一日笑うことに気を使いすぎたようだ。そろそろ、バッテリー切れ。最近少し痩せたことに、ベルトがないとズボンが履けなくなって気が付いた。
 いつも賑やかなこの場所も、日が暮れて少し経った中途半端な時間は静かになる。それが、一番楽な時間。気を抜くと、睡魔がやってくる。


 砂利を踏みしめる音で目が覚めた。あのまま眠ってしまったようだが、それも数分のことだと、指の間にまだ残る火種が教えてくれる。体育座りのまま顔も上げずにいたのは、どうせ学生だろうと思ったから。声がするまでは。

「火、あぶねーぞ。」

 聞き覚えのある声に、まだ気合の戻らない顔を向ける。声の主を見て、体育座りをやめる。目上の、方なのだから。

「寝てたの?風邪引くよ。」
「ちょっとフリーズしてました。」

 新しく火をつけながら言うと、冗談とともに笑われた。事実フリーズしてたんだけどな。
 そういえば、と気になったことを口にする。

「今日は遅いね?」
「うん、今日は忙しかった。」

 この人と喋るようになったのはいつからなのか、思い出そうとしても上手くいかない。何時の間にか敬語も忘れている自分に気づいて、でもまあいいかとうすぼんやり思ったのは最近のこと。

 話していると、人がひとり二人と増えてくる。先輩も後輩も同期も、ここはあまり隔たりがない。・・・と、思っている。
 人が増えてくにつれて、喫煙所の隅へと移動する。意識してそうしているわけではないが、気付くといつもそうしていた。そのうち、あとから入ってきた人達は気づかなくなる。

「一本くれ!」

 イレギュラーは奴、研究室の裏から回ってくる奴には必ず見つかる。満面の笑みで片手を差し出しているこいつを、怒る気にはなぜかならない。
 半分ほどになったセブンスターを、入れ物事渡す。きっと戻って来ない。

「びって!」
「だんけ。・・・いや、逆だろ。」
「だんけびってしぇんしぇんしぇーん。」

 だめだこりゃ。新しいセブンスターを取り出すと、視線を感じ顔を上げる。

「吸いすぎとか、やめろとか、そういう言葉は一切受け付けないよ。」
「いやー、吸いすぎだろ。」

 自身も吸いながらいう彼女は、確かに過剰喫煙者ではない。
 ああでもない、こうでもないと、次の日の講義に向け意見を交わす。否、交わしているようでそうでもない。ここに集まるほとんどが、会話が噛み合わなくとも進められる類の人種だ。

「酒飲みたーい。」
「いいねー、おごり?」
「折半。」
「ちぇっ。」

 軽いノリで飲みに行く。明日の講義は午後からだ。気のおけない仲間と、何とはなしに交わす言葉や酌み交わすお酒はもはや、生活の一部となり、失うことを恐れることすら忘れてしまうほど。
 何事も普遍ではないと知っていながら、何気なく続く日々を当たり前のように過ごす。

「酒とバラの日々。」
「若干語弊があるよね、それ。」

 くだらない会話でも成り立つこの関係に救われていたのだと、気づくのはもう少し先のこと。



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