「あーあ。」

 真夜中の帰宅。部屋にこもり惚けていると、何時の間にか傷ができている。自分でつけた傷だとは理解しているものの、何故つけるのか、どんなタイミングでつけるのかは予測出来ない。
 赤く染まったシーツもそのままに、四肢を投げ出し脱力する。次第にまた、何も感じなくなる。


 眠れないまま朝になり、シャワーとコーヒーで無理矢理動き出す一日。
 頭痛が酷い。腕は重い。

「今日も遅いから。」

 誰にともなく告げ、家を出る。
 イヤホンで外界を遮断し、音に任せて夢遊病の様に移動する。ほぼ無意識に、通い慣れた道を進み目的地へと向かう。
 ふと、珈琲の匂いにつられ足が止まる。

「・・・まあ、いっか。」

 次の電車まで十分ほどある事を確認すると、ふらふらとドアをくぐる。いい香りだ。
 テイクアウトで温かい珈琲を買い、喫煙所で一服・・・なんて、のんびりしている間に乗る予定だった電車は行ってしまった。次の電車までは二十分、まだまだのんびりできそうだ。

「相変わらずだるそうだなあ。」

 二本目の煙草に火をつけたところで、ふと声をかけられた。振り返ると、珍しい人物と目が合う。
 色白長身にこ気味いい笑顔で、煙草に火をつけながら、昔と変わらず私を見下ろしている。中学時代よくつるんでいた、夏目稑だ。

「ん、結構久しぶり?」
「多分数年は会ってない。」

 数年ぶりとは思えないほど、自然と隣に並ぶ彼に、何故か安堵した。
 話に花を咲かせつつ、同じ電車に乗るようなのでホームに向かう。
 今何をしているのか、何処に住んでいるのか、近況報告が延々と続いた。すでに就職し社会人となった稑、未だ学生としてふらふらしている自分、焦燥と羨望が入り混じる。

「今度飲みにでも行こうや。」
「予定が合えばねー。」
「楽しみにしてる。」
「うい、またね。」

 途中の駅で別れ、一人電車に揺られていると、また余計な事を考え始める。生まれた意味だとか、生きる理由だとか、将来への展望だとか、考えたところで答えが出ない事など、とうの昔に気づいているはずなのに。
 最寄りはかなりの田舎町、何せ改札がホームに直接設置されているほどだ。始めて来た時など、いろいろな意味で感動したものだ。
 大学まで十分ほどの道のりを、だらだらとまた音に身を任せて歩く。遅れて講義室に入ると、いつもの席には先客があり、仕方なく他の席を探す。なかなか見つからない。と、幸い一番後ろに空席を見つけ階段を登る。
 講義終了まで一時間強、怠惰な睡眠を貪る。


 左頬についたシャツの跡が気になって仕方が無い。前髪をおろして隠すと、某妖怪少年にしか見えなくなった。
 講義の合間は、必ずと言っていいほど喫煙所で過ごす。他に行き場がないわけではない、とは一体誰に言い聞かせているのか。研究室は荷物置き以外にあまり使わない。

「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」

 もはや条件反射のように感じる挨拶も、ここでは意味を持って発せられているように感じる。
 眠い、だるい、疲れた、帰りたい。怠惰な言葉の行き交う中で、笑ながら様々な事を話せるこの場所を、やはり大切に思う自分に気づく。

「煙草やめなきゃなー。」
「えー、無理ですよ先輩。」
「あ、やっぱり?」

 他愛のない笑いが、日々の支えなのだ。





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