きのうは重たい本を読んでいた。後味が悪い、という意味ではない。
小説の舞台となっている時代を生きてきたからだ。
読み終わって庭におりる。
ひとが衣替えをするように、庭木もその季節だ。
脱ぎ棄てられた葉を拾う。レンギョウの木の下にスズメの死骸があった。
触れるとまだ温かい。掌にのせれば枯葉4~5枚ぶんしかない。
雀のお宿化した我が家の庭。年に一度は弔いをする。
その上を踏まずに埋めてやれる場所はもうない。
見つけた場所に戻し、そこに埋めてやった。
レンギョウが枯れない限り、忘れることはないと思った。
きのう読んでいた本
青波 杏(あおなみ あん)著 『夜が明けたら』
4月26日購読紙の書評欄、碇信一郎(公認会計士)評より抜粋
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2024年5月、月刊誌の編集者二階堂ルルに届いた原稿は、学生運動が過熱した
半世紀も前に12人もの犠牲者を出した「旅団事件」の関係者、一ノ瀬ジュンの
手によるものであった。
関係者しか知りえない詳細な記述に思われたが、そこに書かれていた犠牲者数は、
当時の報道より1人多い13人と記載されていた。
知られていない被害者がいたのだろうか?
中略
この巧みな書き手によって導かれる終幕に「ルルは私だ、ジュンは私だ」と思えたのだとしたら、読み手にとって幸せに違いない。
対立や混乱が続く時代に「わたしはあなたであり、あなたはわたしなのだ」と
私の背中を押してくれる。
「夜があけたら」のタイトル通り希望と祈りに満ちた作品である。
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幸海荘(さちみそう)とは一ノ瀬ジュンがいっとき身を寄せていたところ。
作者の思いが名前に込められていると思った。
わたしたちは、世の中をよくしたいと思って生きてきたのではなかったか?
自分と同じ年代のひとはこの小説をどう読むのだろう?
投票権があるのなら、本屋大賞に推したい。
第一部「遠くまで」の扉に書かれていた
R・M・リルケ「銀に明るい雪の夜」の一節
ーーーだが魂は知っている。
悲しみが自分の中から出てしまえば、星がすっかり消えることを。
P13より
ーーートクン、トクン。
あたしは、その音をかき消すように、先月本屋で立ち読みしてからずっと気に入っている本の一節を口にだす。
「ーーー独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」
京都の立命館大学に通っていた高野悦子(たかのえつこ)さんは、二十歳で自殺して一冊の本を残した。あたしも高野さんと同じだ。弘前から東京にでてきて五年になるのに、たしかなものがなにもない。
ーーー高野さんには日記があったのよねえ。ジュンには、それすらないんじゃない?
P82~P83
あたしは、どこか煙に巻かれたような気分でその話をきいていた。たしかにゴローさんのいうように、ひとの気持ちはよくわからないものだ。
「そのひとは引っ越しちゃったんですか?」
「死にましたよ。冬の朝に。やけに咳が多いなと思っていたら、結核だったようです」
会話が途切れて、あたしは胸いっぱいに煙を吸いこんだ。小説家の話すエピソードが全部真実とは思えないけれど、どこか胸に迫るものがある。たぶん、ゴローさんはあの冷蔵庫に貼られた文言を見ながら、思い出の中のそのひとと対話をしていたんだろう。
冷蔵庫の注意書きを見るのにも飽きたのか、キッチンをでていこうとしたゴローさんを後ろから呼び止める。
「ねぇーーゴローさんはだれかの思い出で胸が苦しいときどうするんですか?」
また、あごを数回かいてからふりむきもせず、ゴローさんはぽつりといった。
「書くんですね。そのひとについて思いつくこと全部。書くことがなくなるころには、もうどうでもよくなってるんじゃないすか」
ぱたんと六号室の扉が閉まっても、あたしはしばらくゴローさんがいなくなった空間を見つめていた。
P85~P86
夕方に一緒に店をでて、同じ方向に向かって歩く。丘の上にある大学に夕日が沈んでいくのをなかめながら、りつ子は透き通った声で詩を詠んだ。
あたしは、その秋の夕暮れの静寂に響くりつ子の声を、それから何度も思いだした。肝心の詩のほうは、たった一節しか覚えていない。
ーー風が時間を知らせて歩く 方々に
立原道造(たちはらみちぞう)の詩だという。
「道造が好きなんてプチブルっぽいよね」とりつ子は頬を赤らめる。
「そんなことないよ!詩のない運動なんて悲惨でしょ」
あたしはちょっと格好をつけてそういった。りつ子が文芸サークルの機関誌に、
夕凪(ゆうなぎ)というペンネームでこっそりと詩を寄稿していることをコーヘイからきいていた。感傷的な詩や、りつ子が好きだった六〇年安保闘争の挫折(ざせつ)を描く文学が敗北主義的だとして先鋭化する運動のなかで否定されていくのはまだ少し先の話だ。
P99
「でも、あたしが小学生のとき、もう鉄拳制裁なんて完全にNGでしたよ」
おいしそうにキャスターを一服して本郷はルルの目を見る。
「まったく同じとはいわねえよ。おれもルルちゃんの世代には、あんな事件をおこさないでほしいって思ってはいるよ。でも、ほんとうに違うのかい?ネットリンチで死ぬやつはいねえのか?あいつはまちがっているってなったら、全力で石をぶっつける感性はどこで育まれるんだ?」
「教育が悪いってことですか?それとも人間の本性とか・・・」
「そんなこと言ったら思考停止だろ。同じような事件は永遠に起こり続けるさ。おれがいいたいのはこういうことだよ。おれたちの社会には、明らかに欠陥がある。学校や、社会や、地域のコミュニティ、どこでもいい、生まれて育ってくる過程で人間が粗末にされすぎなんだよ。いまの時代は違うなんていうのは簡単だろう。でもな、おれには、あの事件のあとにほんとうはもっと向き合って変えなきゃいけなかったものが、そのまま残ってしまったみてえな、逆にそっちから目を逸らそう逸らそうとした結果がいまの時代だって感じすらするんだよ」
P282
一呼吸おいてからジュンは口を開く。
「あの作品をしっかり読んでくれてありがとう。ルルさんの言葉で、あたしもまた出会いなおすんだって思った。でもね、ちょっと物語を意味で読みすぎているのかも・・・。ルルさんは文学部出身?」
ルルがうなずくと、ジュンは、まああたしもなんだけど、と微笑む。
「テクストはいつでも自由な解釈に開かれている、っていうのが大学のときに好きだった先生の口癖だった。でも、その先生がやっぱりいっていたんだけど、人がなにかを書きはじめるきっかけは、だいたい素朴なものだって。たとえば、秘密の告白、懺悔(ざんげ)、失恋、ノスタルジーーーなんだっていい。ひとつだけ秘密を打ち明けるとね、実際の出来事を書いたっていうのは嘘じゃないの」
こんな歌が流れていた時代だった
覗いて下さってありがとうございます。
誰にとっても、明日が好き日でありますように。<(_ _)>































































