「私があなたの奥様だったら、あなたの飲む紅茶に毒を入れてさしあげるわ。」

「私が、あなたの旦那さんだったら、喜んでその紅茶を飲ませていただくよ。」

このお互い愛情溢れる 会話の主は、かってイギリスでいわゆる政敵だった二人の会話です

男性は、ナチスのヒトラーを相手に第二次世界大戦を戦い抜いて、母国を勝利に導いた英国の首相、ウィンストン・チャーチルです。 

チャーチルはまた、スターリンの統治するソ連邦、いわゆる共産圏と西側諸国との間に降ろされた、「鉄のカーテン」 の名付け親でもありますね。

一方で、チャーチルはノーベル文学賞をも受賞していますから、本当、才能の人ですね~

そして、そのチャーチルを相手に冒頭の会話をかわしたのが、英国初の女性下院議員、レディ・ナンシー・アスターです

この個性的で感情の起伏が激しく、才気煥発な子爵婦人を主人として仕えることができるメイドは、なかなかいませんでした。 

そのレディ・アスターに30年間、メイドとしてご奉公し、彼女の人生の最期までお仕えしたのが、回想録 「おだまり、ローズ」 の著者、通称ローズ、ロジーナ・ハリソンです

 


何故ローズことロジーナが気性の激しいレディ・アスターに仕えることができたか  それはローズが決して従順だったからではありません。

「おだまり、ローズ

ロジーナは、レディ・アスターに負けてませんでした。

ロジーナはこんな風に書いています。

「あれは激しい気性と激しい気性のぶつかりあいだったのです。ことによると二人ともそれを肥やしにして生きていたのかもしれません。」

実は、レディ・アスターのご主人の子爵アスター卿は、二人の揉め事が始まると、自分の化粧室に駆け込んで、二人の言い争いに聞き耳をたてて大笑いしていたそうです

例えば、レディ・アスターが使用人をけなすような事を口にしたとき、

ローズ「 驚きました。 メイドについてそんな考えをお持ちだとは思いませんでした。 もっと多くの娘が家事使用人になるべきだと下院で発言されたのは、つい昨日のことじゃありませんでした  お屋敷奉公を考えている娘がいまのお言葉を聞いたら、やっぱりやめておこうと思うでしょうね。」

レディ・アスター 「おだまり、ローズ」

アスターは、ローズへの嫌がらせでローズのなまりをあげつらったようです。

レディ・アスター 「またそのヨークシャー訛り。 まともな発音を身につける努力をしたらどうなの

ローズ「 本気でおっしゃってるんですか  この私が奥様のパーティにお見えになるような方々の猿まねをして、上流ぶった話し方をするべきだと。 上段じゃありませんよ。 わたしはヨークシャーっ子で、それを誇りに思ってるんです。 私は私で、これからも変わるつもりはありません。」

ローズは衝突の原因の一部が自分にあったことを認めています。 
ある時、口論が過熱するあまりレディ・アスターが、完全に自制心を失って、ローズを蹴ろうとしたがあったそうです。 ローズによると、

私はその足をつかもうとして、惜しいところで失敗しました。
「まさかわたしを引き倒すつもりだったんじゃないでしょうね、ローズ」 
やがて落ち着きを取り戻すと奥様はおっしゃいました。
「もちろんそのつもりでしたとも、奥様」 
私は応じました。 
「奥様だってとっさによけなければ、私を蹴飛ばしていたはずですよ。」
そしてもちろん、二人とも笑い転げました。

この回想録は二人の間の掛け合いだけでなく、当時の世事を通して、レディ・アスターの人間像をも描いています。

あの、アラビアのロレンスとして有名なDHロレンスが交通事故で亡くなった時の情景について、ロジーナは、葬儀の場でレディ・アスターとかのウィンストン・チャーチルが、二人無言のままで手を取り合って涙をながしながら立ち尽くすさまを描いています。

レディ・アスターの人間味あふれる一面は、ロジーナにとっても印象的だったんでしょうね。

ちなみ、ニューヨークの名門ホテル、ウォルドルフ・アストリアホテルは、アメリカ歴代大統領の定宿であり、日本の昭和天皇もご宿泊され、歴代首相も利用していますが、このアスター卿ご夫妻の所有物でした。 なぜならこのホテルを建てたのはウォルドルフ・アスター家だったからです。

残念ながら このホテルは先年に中国の安邦保険集団に買収されてしまい、今では盗聴を恐れて要人の宿泊はなくなったようですね。

また、ロジーナはアスター卿ご夫妻とアメリカ旅行をともにし、その際に立ち寄ったサバナという町を、レディ・アスターが、「汚れた顔の美女」と呼んだことも記しています。
これはアメリカでは有名な話で、このこともあって、サバナの街は変貌を遂げ、今やアメリカの最も美しい町の一つになり、フランスのル・モンド紙でも「北米でもっとも美しい街」と謳われています

カズオ・イシグロの「日の名残り」にも登場するレディ・アスター、彼女が亡くなる前の最期の様子をロジーナはこのように記しています。

「5月1日の金曜日の晩、私は奥様が最後の言葉を口にされるのを聞きました。 両手をさしあげてひと声 『ウォルド―フ』 と叫ばれたのです。 私は八時に奥様のそばを離れました。」

死の間際にレディ・アスターが見たのは、迎えにくる夫、アスター卿の姿だったのでしょうか

とにかく、このメイドさん、ただものではありません  なんだか読み終えた後に爽快感が残りました












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