・・・わたしが中学生だった頃の話。
第二次ベビーブームで生まれたわたしの母校は 一学年12クラスもあるマンモス校で
教室が足りず プレハブ校舎で過ごした中学二年生の頃。
膝下3cmの制服スカートに 三つ折りソックス 普通の黒カバンに 黒髪ショートボブ
まさに真面目で明朗活発 先生から可愛がられるタイプの生徒といった感じのわたしに対し
当時の不良と言えば 足首までもあるロングスカートに上履きつぶして
つぶしにつぶしたうっすい黒カバンに しっかりブローされたロングの茶髪スタイル。
プレハブ校舎の一番奥のクラスで そんな不良少女だった「N」との付き合いが始まった。
もともと 女子特有のグループとか つき合いを面倒に感じていたわたしでしたが
真面目グループに何となく居たわたしに 突然 Nから話しかけられて 急速に仲良くなっていった。
Nは 先生から目を付けられていた不良少女。
わたしとは正反対のN。
家族の不仲等で 荒れていたN。
見ていて痛々しかった。
お昼休みになると 不良な先輩からの呼び出しで 教室に居ない事があったN。
5時間目が始まる寸前に戻って来て 見るとスカートに蹴られた後があった。
先生は呆れて 手に負えないといった様子だった。
わたし達のあまりの風貌の違いに 何故あいつらは一緒にいるのだろうと先生達は不思議がっていた。
だいぶ打ち解けてきた ある日のお昼休み。
「あたし あんたの事 大嫌いだったんだ」と Nがわたしに そう言った。
「だろうね」と わたし。
親や先生なんてろくでもない といったような事を しきりに訴えていたNに わたしは
「Nは 親のせいで不良やってんの? 親のせいで何故 自分自身を貶めるの?もったいない」
Nは すかさず 「えり子には わかんねぇよ」と吐き捨てた。
「わかんないよ。Nは 勉強もできるし 足も速いし 才能あるのに 何故わざわざ まわりくどい事すんのか」
はっきり一文字一句覚えている訳じゃないけど わたしは
親(人)は関係ないでしょ、自分でしょ。というような事を言っていた。
やるなぁー 中2のあたし。
その後 わたし達は マンモス校の分離で 進級と同時に新しい中学校へ移り また同じクラスになった。
部活引退後は 互いの家へ遊びに行き来するくらい仲良くなった 中学三年生の二学期。
ある体育の授業での出来ごと。
Nは 当時の体育の先生を 気嫌いしていた。
「あいつ、メッシュ(その先生のあだ名)よ~ ムカつくんだよ、あたし絶対やんないよ」
5,6人のグループの創作ダンスの授業。
器械体操部だったわたしは Nと同じグループの班長だった。
先生から「Nをなんとかしろ」と言われていたわたしは ストライキ中のNに
もう最後だし ちゃんとやろうよ、となだめた。
それでも Nは動かない。
それを見かね 自分にはNをどうする事もできないと思ったのだろう先生は
Nに、じゃなく、わたしを怒鳴り始めた。
中間管理職の 板挟み状態。
いよいよ感極まってしまったわたしは Nに
「どーして ちゃんとやらないんだよ!!!」
と言い放って 泣きながらトイレに駆け込んだ。続けて同じ班の友達が慰めに来てくれた。
その直後のことは よく覚えていない。
そしてその日 居残り掃除か何かだったか・・・
もう誰もいなくなった放課後の廊下。
水道で一人 雑巾を絞っていると ツカ ツカ ツカ と Nがやってきて
「あたし えり子泣かすなんてサイテーーー!!」
と それだけ言い放って 走って行ってしまった。
ぽか~んとするわたし。
・・・どれくらいの時間 そうしていたのかよく覚えてないけれど
夕陽の差し込む廊下に 走っていくNの後ろ姿
その後ろ姿が消えてった後も 誰もいない廊下を暫く見ていた。
その時の情景は 今でも鮮明に覚えている。
~なんだか じんわり嬉しい気持ちがこみ上げてきて
一人ニヤニヤしながら 下駄箱で靴を履き換え 校舎を後にした。
すると 校門を出た所で Nと 同じ班のみんなが待っていた。
凄くうれしかったのは 言うまでもありません。
~ それから
わたし達は 別々の高校へ進学した。
中学卒業後 割とすぐに Nからお手紙が届いた。
「自分を変えてくれて ありがとう」といった感謝のお手紙だった。
以来 会っていない。
今 わたしが 一番逢いたい人。
ありがとう N
愛と感謝を込めて
‘他人の芝生が青く見えるのは 自分の芝生がもっと青いことに 気付いてないだけ’