


1 岸嶽線の廃止はS46なのにそのまま記載されている。
まあ、これはローカル線の宿命で、前に印刷した切符を廃券にするのはもったいないので、使い切ってしまおうということでしょうか。
しかし、次に印刷された切符も「岸嶽」だけ消して、路線はそのまま残っています。こうなるともう手抜きとしか言いようがありません。
2 岸嶽線と筑肥線の位置関係が逆。
この切符に限らず当時の門司印刷所の地図式切符はかなりアバウトなものでした。路線の位置関係がおかしいのは他にも多数見受けられます。誰も文句を言う人がいなかったのでしょうね。
地図式切符は 一時無くなりましたが、昭和53年ごろ(諸説あり)一部の駅(二日市・南宮崎・熊本・東郷・中間等)で奇跡的に復活しました。このときの路線はかなり正確になっていました。余談ですが、東郷、中間発行のものは、当時まだ網の目のように健在だった筑豊地方の各線も細かく記載されており、B型では字が読めないので例外的にA型で発行されていました。
おまけの映像は岸嶽線が廃止になった時に鉄道友の会九州支部が作った記念券。S46年の廃止ですが、もうかなり前のような気がします。私ももちろん記憶が全くありません。岸嶽線(正確には唐津線の一支線ですが)の記録はほとんど残っておらず、写真等も本当に少ないようです。今後の研究が待たれるところです。