(報告:杉本 収)

第54回あすなろ会ゴルフコンペが令和8年4月7日(火)にいつものコムウッドゴルフクラブ (滋賀県甲賀市)で開催されました。今回は、時々小雨の降るあいにくの天気で、特にパッティングでは苦労しました。また、満開の桜を楽しむ余裕もありませんでした。

参加者は7名で、関西支部からは、杉本 収(42年卒)、大石 彰さん(43年卒)、松本秋男さん(45年卒)、森内 充さん(52年卒)の4名でした。東海支部からは、伊藤(田辺)安雄さん(42年卒)と中野辰英さん(46年卒)の2名、ゲストとして松本さんの大学時代の野球部の後輩の亀井英吉さんが今回初めて参加してくださいました。

競技はダブルぺリア方式とハンディキャップ方式の両方で行われました。ダブルペリア方式での優勝は伊藤さんで、スコアはアウト57、イン48のグロス105、ハンデ28.8、ネット76.2でした。

ハンデ方式での優勝は杉本で、スコアはアウト52、イン49のグロス101、ハンデ36、ネット65でした。私はハンデ戦では前回に続いて優勝することができました。

ドラコンは、前回と同じで、大石さんと松本さんが獲得し、ニアピンは、4ホール設定していたのですが、大石さんが2つ、伊藤さんが1つ獲得しました。

次回のコンペは11月に予定しています。場所は今回と同じ大石さんのホームコースであるコムウッドゴルフクラブ(滋賀県甲賀市)の予定です。

このコンペは、松本さんが万年幹事でお世話をしてくれていますので、これまで一度も参加されていない皆様も気軽にご参加ください。会員一同、お待ち致しております。

連絡先:松本秋男(090-3729-6425)

 

後列左から、亀井さん、松本さん、大石さん、中野さん

前列左から、伊藤さん、杉本

(報告:多田英次郎)

第30回の門前高校同窓会関西支部「同窓生の集い(総会)」が2025年10月25日(土)午後1時よりJR難波駅OCATモール5階の中華酒屋「旺宴」で開催されました。

参加者は来賓6名と関西支部11名、門前在住者3名の20名でした。(なお、門前在住者の3名と関西支部の内2名の5名は48年卒生の同級生で、門前サイクリングクラブの仲間で、声を掛け合って参加したそうです) 参加者は下記の皆さんです。

≪来 賓≫

➀畠 洋介(門前高等学校校長)、②西 恵(本部同総会長 58年卒)、③宮永 敬(本部同総会事務局長 56年卒)、④中野辰英(東海支部支部長 46年卒)、⑤高島大三郎(関東会会長 56年卒)、⑥竹本正平(石川県大阪事務所長)

≪関西支部≫

➀岡本武志(35年卒)、②新谷泰三(41年卒)、③多田英次郎(42年卒)、④山口(東野)静代(42年卒)、⑤中西(星野)いつ子(43年卒)、⑥山本 猛(43年卒)、➆松本秋男(45年卒)、⑧兼本俊雄(48年卒)、⑨高島憲久(48年卒)、➉坂上昌弥(52年卒)、⑪

宮本久美子(52年卒)

≪門前在住≫

➀森 茂雄(48年卒)、②飛岡 穣(48年卒)、③林 富士夫(48年卒)

 

 ★「同窓」という気持ちの通じ合いが心地よい「集い」となり大いに盛り上がる! ★

 

総会は冒頭、10月1日に亡くなった天井京一さんや尾坂元校長(恩師)などへの黙祷を行った後、この一年間の経過や会計報告、次年度の事業計画の提案を確認した後、岡本さんの乾杯の音頭で「集い」に切り替え、楽しい親睦交流を行いました。

今回の会場は、人数的にも格好の広さで、関西支部の良さでもある参加者一人一人が主人公の「同窓会集い」になったのではと思っています。

まだ完了していない家屋解体状況や減る人口など、今後のふるさと門前に対する不安の話もありましたが、プロジェクターを使っての畠校長の門前高校の現状紹介や恒例の宮永さんの楽しい野球部の活躍などの説明には爆笑状態が何度も。

時間の関係で、トランプでの抽選となりましたが、参加者の皆さん全員に、本部同総会で用意して頂いたふる里能登特産の「のり瓶」「ワカメ」「醤油」「とり味噌」などの景品(来賓の方には大阪名物)を土産に持ち帰って頂きました。

来年も元気で再会することを誓うだけでなく、「こんな集いなら来年も門前から出てこようかな」や「山本さん、次回はお兄さんにも声をかけて」など、新たな広がりを期待させる言葉も飛び交う中、お店の前に移動し記念写真を撮影して3時間の一次会を終了しました。

 

    

 

ここで帰られる方も半数位いましたが、残ったメンバーは道頓堀方面の二次会のカラオケ店へ移動し、畠校長の振り付け有りの「お嫁サンバ」をスタートに、最後の「青春時代」「高校三年生」「門高校歌」までの約3時間、Sさんを主体に楽しいひとときを過ごしました。その後、近くの串カツ店で締めの腹ごしらえを行い、無事終了することが出来ました。参加化された皆さん、ご苦労さまでした。

なお、この集いの会の様子は11月2日の北國新聞で紹介されました。