午後は予定通り、トゥールスレン博物館へと向かった。


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トゥールスレン博物館とは、もともとトゥール・スワイ・プレイという中・高等学校だったところで、
1975年~1979年のポルポト政権の時代に「S21」と呼ばれる刑務所として使われた。
ポルポトの残虐性を語り継ぐために、いまは博物館としてそのまま残っている。

アジアのアウシュビッツと呼ばれるこの収容所では、
政府高官や教師、芸術家などの知識人やその家族など
2万人近くの人が収容され、拷問を受け、死んでいった。

生きて帰ることが出来たのはたったの8名

ポルポトの時代が終わったのがたった30年前ということもあり、
収容所となった教室には、今でも生生しく血痕や当時の拷問器具などが残っている。


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もともと、カンボジアのことは勉強していたし、ポルポトの残虐性についても理解はしていた。
でも、実際にこの博物館を目の前にして、何も言葉は出なかった。

外は雲ひとつない青空なのに、とても薄暗い拷問部屋。
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レンガと木の扉だけで作られた女性の個人収容所。

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中には当時の人が書いたと思われる文字や、数式もあった。

トイレにはいけず、部屋の隅の小さな箱で用を足す。
トイレで自殺するのを防止するために。

とることができる食事は1日2回程度の重湯。

愛する家族とも引き離され、死ぬことも許されずたった一人、孤独に暴力を待つ。

ここにいた人はどんな気持ちでここにいたんだろう。と、想像してみたけれども
生まれたときから平和を保障され、何の脅威にもさらされずに生きてきた私は、
想像の入り口にも立てなかった。

どうしてこんなことが起きたのか。
どうして同じ人間がこんなことをできるのか。

ただ、ポルポト派の卑劣さを嘆き、悲痛な気持ちになることしか
そのときの私にはできなかった。

戦争とか、そういったものを博物館で目にするたび決まって思う。
たまたま、生まれる時代とか、生まれる場所が違っただけ。
私や私の家族がいまの時代に、日本に、こうして生まれたことは
努力の結果ではもちろんないし、私たちは前世でいいことをしたからとか、そんなことを言うつもりもない。
本当に「偶然」だと思う。
何かが違っていたら、ここに写真が展示されていたのは、私かもしれなかった。
これは、絶対に忘れちゃいけないことだと思う。

そんな思いを抱えながら、車で15分ほど走り、キリングフィールドに向かった。


さっきのトゥールスレンは収容が目的だったけど、キリングフィールドはその名のとおり
処刑することが目的の場所」だ。
トゥールスレンに収容された人が、キリングフィールドで処刑された。
キリングフィールドは、一見、これが処刑場かと思うほどのどかな場所にあった。
よくわからないけど、とても皮肉だと思った。


フィールドには、いくつかの穴のようなものがあった。
人々は処刑され、この穴に放られたそうだ。
でも、この穴は処刑される前に、自分たちで掘らされたらしい。
なんだかもう、理解を超えて頭が痛かった。

よく見ると、地面には、犠牲者のものと思われる洋服や
骨、歯がむき出しになっていた。

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昔は土の中に埋まっていたものが、雨にさらされて、土が流れて
出てきてしまったのだ。
地面には、まだ見つかっていない頭蓋骨が無数に埋まっているらしい。

キリングツリーという木があった。

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この木は「殺す木」
そう、小さい子供はこの木に打ち付けられて殺されたのだ。

最後に犠牲者まつった慰霊塔に入った。
慰霊塔の中には、キリングフィールドで見つかった頭蓋骨がいっぱいあった。

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これでも、見つかっていないものがいっぱいあるという。
私は、とてもイタタマレナイ気持ちでいっぱいになった。
そのとき、ある外国人に話しかけられた。

「Would you mind taking your picture?」
どうやら、私たちが慰霊碑に拝んでいる様子を写真に収めたいようだ。

彼は、オーストラリアから来たと言っていた。
彼以外にも、どこから来たからはわからないが、白人の観光客が何人もいた。

人は、いつまで殺し合いを続けるんだろう。
こんなにたくさんの人が、キリングフィールドのような場所を見て、
何かを感じているのに。
どうして、戦争は、なくならないんだろう。
そう思うと同時に
私は、ここで何をしているんだろう。と思った。
高いお金を払って、ここにきて、悲惨だったカンボジアを想って
何をしているんだろう。
私には何が出来るんだろう。

たくさんの頭蓋骨と、大きな草原を前にした私は、
あまりに無力で、あまりに無知な気がした。