譲り合い | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

今日のブログ第2弾です。
譲り合いについて。

最近はね、
なんというか、
自分さえよければいいというか、
他人には関心がないというか気遣いがないというか、
そういう風潮が、
日常でありふれていて、
げんなりするときもあるんですよね。

例えば、電車で降りる人を待たずにかまわずに乗ってくるとか、
もう当たり前になってるしね。

そういうことをされたときに、
自分が降りるとき「ん?」と不快に思っても、
別に、乗ってくる人の「挑発」に乗って体をぶつけ加減にするとか邪魔するのも自分がイヤだし、
あえて何も考えないようにしています。

電車の中での子連れの親にも、
がっかりすること多くてね。
子どもはやんちゃだから、時に迷惑をかけるかもしれない。
でも、そこで親がちゃんと対処しないとね。
最近は、対処しないというか、
相手に無関心なのか、どうでもいいと思っているのか、
全く何も感じていないのか、
迷惑かけても子どもに注意もしなければ、謝りもしない、
そんな親が目立つような気がする。

でも、なんか今日はね、
譲り合いの精神が、
感じられたことが2つあって、
ささやかに幸せだったなあ。

ひとつは、出店で売っていたさば寿司を買おうとしていたとき、
一応、順番で並んでいて、
私の順番が来たので、
お店の人にいつまでもつのかとかいろいろ聞いててね。
でも、後ろにひとり、女性が待っていて。
だから、あまりお店の人にいろいろ聞いて、どれにしようか悩んで、
その女性を長く待たせるわけにもいかないし。

でも、少し悩んでいたんです。
私が決めかねていたら、
別に他の人が自分が欲しいモノがきまっていたら、
それを注文すればいいんですよ。
そこまで厳密な順番はないんです。

で、これにしようと思って、決めて、私が言おうと思ったときに、
その女性も決まったのか、お店の人にほぼ同時に言いかけたのね。
私は、実はまだどこかしら悩んでいたので(優柔不断なんですよ(笑))、
その女性が決まってるなら、女性に先に買ってもらおうと思って、
(だって先に買ってもらえば、他に待っている人いないし、こちらは気がラクにもなるしね)
「あ、どうぞ」と言ったんですが、その女性は女性で、
「いえいえどうぞ。私も日持ちするかとかいろいろ聞きたかったんです」
と言ってもらえまして、私が先にさば寿司を買わせていただきました。

単に譲り合ったのではなく、女性の、
「私も日持ちするかとかいろいろ聞きたかったんです」
という、気遣いの言葉が、うれしかったですね。
わかります?
その女性は、特に何も考えていなかったかもしれません。
本当にそれをそうとだけ思って口にしたのかもしれませんが、
その言葉を言ってもらえるだけで、
私は、待たせているという、後ろめたい気持ちが、
消えていくんですね。
買うには買いましたが、買った後もまだ、この商品でよかったのかなと、
アジア優柔不断タッグ王者としての本領が発揮されるわけですが、
でも、気持ち的には、何か得した気分になりました。

ちなみに、アジア優柔不断タッグの相方は、ぱんちです(笑)。

で、そんな中、モノレールに乗りました。
普通に。
最寄り駅に着いたので、降りようとしました。
乗ってくる人は別に問題はなく、
でも、降りようとしたタイミングが、
ある男性とかぶってしまいました。

その男性と私は、ふたりとも自分が先に降りるのをためらいます。
そのときでした。
男性が、手を前に出し「どうぞ」と一言。
先に私が降り、そのあとに男性が降りました。

手を前に出してもらったことと、その気持ちを声に出して言っていただいたこと。
ただそれだけですが、非常に気持ちのいいものでした。

今書いていると、この2つはいずれも、
私がその相手方のご厚意、お気遣いに、甘えさせていただいたことに、
多少の恥ずかしさを感じます。
でも、それでよかったかなと、思います。

そういう、触れ合いというか、譲り合いというか、
まだ生きているんですね、日常に。
もちろん、そういう気持ちが皆無になったとは思いませんし、
温かい方は温かいままで、いらっしゃっていると思います。

でも全体的には、そういう、いわゆる人間関係が希薄になった中で、
こういう触れ合い、譲り合いがあると、
心温まるものです。

特にそのお二方とは、お互い誰かと意識することもないでしょうし、
今後、会話を交わすこともないでしょうし、
もちろん面識もありませんが、
人はひとりで生きているわけではないし、
またひとりで生きていけるわけでもないので、
自分のことばかり考えて、悪い意味での自分本位になることなく、
他人がいて自分がいる、相手がいて自分がいるという、
意識をちゃんともたないといけませんね。

いくら紙の上での道徳教育をしたところで、
人間というのは情の面で簡単には成長はしません。
日々、毎日の生活で、心に染みる部分があるはずですから、
子どもに考えさせる、わからせる、悟らせることはもちろん、
大人も考えて生活していくべきでしょうね。

2月はいろいろと忙しく、
公私ともに充実した月だったように思います。
これも皆様方のおかげ。
まだあと1日残っていますが、
月の最後にこういうささやかな幸せを感じると、
ありがたい気持ちになりますね。
3月もそういう月になるように、
自分が頑張っていかないといけませんね。

情けは人の為ならず。
でも決して、自分に返ってくるから、という厚かましいことは考えずに、
何が人の道かを考えて、過ごしていきたいですね。
ずっと。