なんでも白黒つけりゃいいってもんじゃないと思うのです。
とある政治家の従軍慰安婦等に関する発言が今問題になっていますが、
事実かどうか、その真意はともかく、
世には仮に事実である事柄だとしても、
はっきりと明らかにした方がいいことと、
曖昧にしておいた方がいいことと、
あると思うんです。
結局、モラルの問題に行き着きます、曖昧さというのは。
そう思います。
大衆のモラルが低くないところで維持されていれば、
ああいう発言も生まれなかったのではないかと思うのです。
ここで、言っておきますが、
決してあの発言は私は好ましいとは思いませんし、
公に発言するものではないと、個人的にはそう思います。
また、その政治家を私は肯定も否定もするつもりはありません。
ある面では大好きですし、ある面では受けつけません。
世の中のモラルが低下すると、
至るところで、
曖昧なままにしておくことによる良くない方の面を引き出してしまい、
その度が過ぎてしまうがために、
その悪に切り込んでいく必要性が出て、
そういうパワーを持った人が出てくるのだと思うのです。
しかし、そういうパワーを持った人は、
本来は悪を根絶させようと、
悪い意味での曖昧さをなくし、
良い意味で明確化させようとする実行力をしかと持っていると思うのです。
ある問題について、
その問題を取り巻くいろんな事柄をすべて考慮しての総合的な発言をすると、
ごちゃまぜになって大衆には伝わりにくいわけで、
短時間の説明で伝えようとするならば、
前述のようなパワーを持った人なら、
他の人が言いにくい事柄であれば、
その一番言いたいことのみを、
断片的に言うしかなくなるときがあるのではないかと思うのです。
私はここに、曖昧さが許されるならば、
そのような発言には行き着かない面があるのではないかと思うのです。
曖昧さが許され、人々の心に余裕があれば、
そのような発言が許されるかどうかではなく、
そのような発言自体が出てこないのではないかと思うのです。
なので、
そのような発言が出てくるというのは、
発言者のモラルではなく、
世の中一般的なモラルが低下していることを意味するのではないかと思うのです。
もう一度言いますが、
例の政治家による発言は公にはすべきではないと、私は個人的にはそう思います。
あの発言の内容の真偽のほどはともかく。
Aか、Bか、どっちだ?
どっちか選べ!究極の選択だ。
相対的に考えれば、
どちらかは正しく、どちらかは誤っている。
そういう思想で物事を進めていくのは非常にラクなのですが、
そうではなく、
AもBもある面では良いし、AもBもある面では良くない。
本来はそのバランスを保つ、良い意味での曖昧さが必要だと思うのです。
だからどの世界でも、
上に立つべき人というのは、
ある意味で、ある意味でですよ、曖昧さを持って然るべきだと思うのです。
世の中に、曖昧さが、良い意味で必要だと思うのです。
政治など、ある意味で、よくわからないままでいいと思うのです。
でもそれは、
よくわからないままで信頼のおける、モラルが維持されていればの話で、
人間の根源的な性質を考えると、
これが非常に難しいのだと思います。
でも、理想論でしょうが、
曖昧なままで明確にならないのはしんどいというのなら、
ある意味それまでだと思うのです。
学校の勉強じゃないんですから。
いつもいつも答が出てくるなんて、そんなはずがないんです。
だからこそ、曖昧なままにしておく方が、
本来は動けるはずだと、個人的にはそう思うのです。