「相手のことを考えるのであれば、Aという場面では、Bというふうに対処するのが人の道というものだ」
と、1回言えば、わかってくれる。
そして、次にAという場面になれば、言った通りBという対処をしてくれる。
良い。
でも、Cという場面になると、Dという対処ができない。
背景に同じ「相手のことを考える」という本質があっても。
背景として同じ本質がある事柄でも、
A→BはできてもC→Dはできない。
それどころか、考えも感じもしていない。
大切なことって何なのですか?
本当は「相手のことを考えなさい」という本質を諭したつもりでも、
実際は表面に現れた「A→B」しかのみ込んでいないから、
応用がきかないのである。
確かに1回言えばすぐわかるなら、
物わかりは良いのだろう。素直である。
しかし、賢いとは言えない。
世に言う良い子とは、良いことをする子ではない。
悪いことをしない子である。
言われたとおりに動き、手のかからない、ルールを守る子である。
しかし、ルールは単に表面に現れたものしか指していないことが多い。
良い子は、表面的なルールを逸脱しないように動く。
逸脱しなければそれでいいのである。
しかし、それでは、大切なことがわかっていない場合がある。
場合によっては、モラルを欠いた言動をすることもある。
ルールでしばればいいというのも、
しばる側の怠慢である。
そういう世の中だからであろうか。
よく見る問題は解けるが、問われ方が変わるとテンで解けない、
そんな生徒が多いのは。
創造力も想像力も働いていない気がする。
ルールにもレールにも、
乗ったらラクだろうけど、
乗るだけなら面白いとは思えないんだけどなあ。
大切なことって、何なのですか?