仕事するからには、稼げる方がいい?稼げなくてもいい?
競馬するなら、当たる方がいい?当たらない方がいい?
消費税を払うなら、20%?5%?
原発は推進した方がよい?反対した方がよい?
「稼げる方がいい!」「当たる方がいい!」「5%!」「原発反対!」
でもこれらは、ある何らかの同一条件下での比較論、相対論で出てくる答ですよね。
なかば、どちらの方向にか扇動しているような質問だったかもしれませんが、
当然のことながら、答がひとつに決まっている質問ではありません。
人間には、相対化した比較論の方がわかりやすく、
見かけの説得力も増すわけで、
「A?それともB?」「Yes?or No?」
答は2つに1つ。
曖昧じゃなく実に明快。
気持ちはいいです。
この方が瞬間的に惹かれます。
仕事は稼げたらそれでよいのでしょうか。
競馬は当たればそれでよいのでしょうか。
増税しない方が本当によいのでしょうか。
原発は本当に不要なのでしょうか。
ともすると反語的に思える文ですが、そういうつもりはありません。
どういう条件の下で考えるか、によって、答は変わってくるはずですから。
誤解のないように。決して、増税した方がいいと言うつもりはありませんし、原発を推進しろと言うつもりもありません。
条件をつけてみて、
消費税は20%だけど原発ゼロ、消費税は5%だけど原発推進。
どっち?
究極の選択っぽくなりますが、
これにしても、AかBか?の極論には変わりありません。
これも誤解のないように。どちらがいいというつもりもありません。
そもそも、答は出ないし、この2つの消費税と原発という条件の組み合わせた質問は、基本的にはあまり意味をなさないでしょう。
本来、物事は、いろんな事柄が複合的に絡み合っていることがほとんどで、
それを解きほぐして、メリット・デメリットを考えたり、
また多角的に考えたりして、
総合的に判断することが大切でしょう。
しかも、複合的ということは、ひとつ決断すると他のことも連動して動いてくるのが普通です。
ですから、消費税と原発も、全く関わり合いがないことはありません。
例えがイマイチ良くなかったかもしれませんが、
消費税とか原発とか、そういうことはこの際問題ではありません。
面白いのは、ほとんどの事柄は、人間が行うことであるということです。
大切なのは、ほとんどの事柄には、生身の人間、それも自分以外の人間が関わっているということです。
さらには、状況はつねに変化していくということです。
「単純明快な気持ちよさ・ラクさ」にマヒして、
「複雑曖昧なモヤモヤ・しんどさ」を考えないようになるのは、
どうなんでしょうか。
人間の性として、この後者から前者へはラクに進めるのに、
前者から後者へはなかなか進みにくいのが、難しいところです。
ですが、複雑曖昧だからこそ、多様な解釈や判断が可能になり、可能性が限られておらず、面白かったりするのではないでしょうか。
そして、状況や条件によって答が変わってくるから、これも他にない発想が生まれる要因のひとつになるのかもしれません。
奇抜な発想は、良かれ悪しかれ目新しく映り、関心をひいたりします。
本質をついていれば、非常に面白かったりする。
しかしその二番煎じは、表面的であることが多く、良かれ悪しかれおさまって映り、基本的には見劣ることが多かったりします。
表面をなぞるということは、非常にラクなんですが、面白みに欠けたりして、本質をついていないものは大概続かない。
ともかく、考えな。
考えなしに安易に判断して、扇動されないようにしたいものです。
時には常識を疑ってみる、社会通念を疑ってみることも必要です。
猪木の常識、非常識。