地震予知できず実刑と科学の事業仕分け | 酋長のブログ

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日々のあれこれ思うことをつづります。

本質的には同じでしょう。


答えの出ないようなものに対して、

価値を見出せない、

その思考力、創造力および想像力の欠如または退化、そして心の余裕のなさは、

日本もイタリアも同じだということです。


人間の機械化扱いが始まっているのでしょうか。


馬鹿げた判決だと思います。

馬鹿げた政策だと思います。


物事を多角的な立場から見ることが出来ないのでしょうか、

または、

多角的な立場から考えた結論を、

庶民が納得できるように伝えることが出来ないのでしょうか、

または、

そういう多角的な結論を庶民が受け入れることができないほど、

思考力および判断力の低下が顕著だということでしょうか。


正しい答が出るようなものでないと、ダメなんでしょうか。

わかりにくいものだと、ダメなんでしょうか。


間違ったものは、完全に否定されるんでしょうか。

あいまいなものは、完全に排除されるんでしょうか。


そういう考えにいれば、

抽象的なことこそ本質的に物事をとらえることができるということさえも、

理解してもらえないかもしれません。


具現化はひとつの例であるという意味で、仮のものであるのです。


我々はまずはじめに人間であるはずです。


今の世の中の便利さは、

不可逆的なとてつもない弊害をもたらしているかもしれません。